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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「田部京子が弾く!ベートーヴェン2大コンチェルト」という素晴らしい演奏会


ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲」は番号付きの5曲に13歳で書いた通称「第0番」の変ホ長調WoO4、「ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61」を自らピアノ用に編曲した「作品61a」 の2曲を加え、全部で7曲ある。田部京子が2020年9月1日、サントリーホールで独奏した「2大コンチェルト」とは、変ホ長調の調性を「第0番」と共有するジャンル最終モデルの「第5番《皇帝》」に、「作品61a」を組み合わせたものだった。田部は雑誌のインタビューで、子ども時代からの「ヴァイオリン協奏曲」への憧れを語り、「長くピアノ版を弾きたいと願ってきた」と打ち明けた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大で数多くのベートーヴェン生誕250周年演奏会が中止や延期に追い込まれるなか、田部は演奏会再開後の6月末以降、来日できなくなった外国人ピアニストの代役で飯守泰次郎指揮東京交響楽団(東響)と「第3番」、太田弦指揮新日本フィルハーモニー交響楽団と「第1番」をそれぞれ2度ずつ弾く機会を授かった。3か月あまりの間に7分の4を消化したのは、あっぱれな成果といえる。


どんなフォルテッシモも絶対に金属的には響かせず、木肌の温もりや植物のかぐわしい香りを想起させる音色。あらゆる角度からベートーヴェンの真意を探り、外面の効果には目もくれずに積み上げた造型。偉大なリート(歌曲)歌手を思わせるブレスに支えられ、ごく自然で絶妙なフレージング。決して軽妙さを失わず生き生きと刻まれるリズムを通じ、ベートーヴェンが「ピアノ協奏曲」のジャンルにおいて、紛れもなくモーツァルト最大の後継者であることを確信させる様式感……。田部が独奏するベートーヴェンの協奏曲(4曲とも聴いた)には聴けば聴くほど、際立った個性がある。「第3番」「第1番」も良かったが、急な代役のハンディが皆無とはいえなかった。今回の「皇帝」「作品61a」は、満を持しての協奏曲リサイタル。一度は延期された後の実現でもあり、隅々まで入念に彫琢された音楽は一層の説得力を伴い、聴き手の心に迫る。「作品61a」の旋律をどこまでも慈しむ思い、「男勝り」ではなく「女手(おんなで)」側からのアプローチに徹した「皇帝」の優雅さは、素晴らしい余韻を残した。アンコールは「ピアノ・ソナタ第18番作品31の3」から第3楽章「メヌエット」。このソナタの主調も変ホ長調、こだわりのピアニストの面目躍如である。


管弦楽は東響で、12(第1ヴァイオリン12人)型の編成。特別客演指揮者の飯森範親が「作品61a」では敢えてレガートに徹してヴァイオリンからピアノへの〝転身〟を橋渡し、「皇帝」では堂々とした骨格と緩急の自在なコントロールでメリハリをつけた。

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