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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「愛の人」バーンスタインの原点「オン・ザ・タウン」を歌い上げた佐渡裕


昨年の生誕100周年を機に作曲家としての再評価が固まったレナード・バーンスタインの初めて手がけたミュージカル、「オン・ザ・タウン」(1944)の本格的な舞台上演(アントニー・マクドナルド演出)が兵庫県立芸術文化センター(PAC)恒例の「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ」の枠で2019年7月12日から21日までの8回、本拠のPAC大ホールで上演された。さらに25〜28日の4回、東京文化会館大ホールでの上演を予定している。毎年の全公演がマチネ、ほぼ完売の人気を誇る佐渡プロデュースのオペラは独自に開拓した客層に囲まれながら、アウエーではなく本拠地で観たいと思い、7月20日の公演を日帰りで観に出かけた。


まず佐渡の指揮がいい。恩師バーンスタインの作品を振るときに放つ精彩には、やはり長年の思いがこもっていて、特別なものがある。ジャズ畑からのゲストはトランペット・ソロとドラムにとどめ、ベルリン・ドイツ響コンサートマスターのベルンハルト・ハルトーク、元ウィーン・フィルのペーター・ヴェヒターら常連奏者を交えたPAC管弦楽団の面々が、慣れないミュージカルの音楽を懸命に弾く結果、バーンスタインのスコアの素晴らしさをがストレートに浮かび上がる。温かく洒脱、タッチーな旋律の連続からは「心底、人間が大好きだった」愛の人、バーンスタインの気持ちがひしひしと伝わる。佐渡はその一つ一つを、慈しむように再現する。


物語は他愛ない。24時間の上陸自由時間を与えられ、初めてニューヨークを訪れた若い海兵隊員3人の束の間のアヴァンテュールにまつわるドタバタ劇。だかそこに同じく24時間の狂乱の先行作品で、フランス革命の時代の民衆の熱気を伏線にしたダ・ポンテ&モーツァルトの「フィガロの結婚」の影を重ね合わせたとき、第二次世界大戦末期の1944年に発表した最初のミュージカル作品、コメディにこめたバーンスタインのメッセージは、より明確に浮かび上がる。


マクドナルド演出は多面構造やせりのない舞台で24もの場面を描き分けなけれなならない課題に対し、キッチュで機転の効いた紙芝居風のヴィジュアルで立ち向かい、軽妙な効果を上げた。何より感心したのは、ブロードウェイのミュージカル劇場の標準よりはかなり大がかりな西宮北口の舞台を使いながら、ニューヨークの小粋な風合いを巧みに伝えていたことだ。キャストに大スターはいないが、ロンドンで行なったオーディションには1000人以上が参加、厳しい選考を経て集まっただけに、見事なアンサンブルとソロを披露した。ソロは英語圏のオペラ歌手、アンサンブルはよりミュージカル系の人材だ。合唱と助演に加わる日本人歌手たちは、声楽面の質の支えに貢献した。


興味深いのは客席で、いつものオペラとは明らかに異なる顔触れと反応。アンケートに「年にどれくらい、ミュージカルを観ますか?」の一項を追加したところ、「10回以上」に印を付ける人がかなりいるという。またまた、新しい客層の掘り起こしに成功したようだ。


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