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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「ドン・カルロ」変じて「ロドリーゴ」髙田智宏が牽引した初台のヴェルディ


新国立劇場のプログラムと予習に聴いたCD

新国立劇場通算4度目、2006年初演のマルコ・アルトゥーロ・マレッリ演出としては7年ぶり3度目の上演2日目を2021年5月23日、同劇場オペラパレスで観た。4代前のオペラ芸術監督でウィーン国立歌劇場出身のトーマス・ノヴォラツスキー時代のプロダクションだから既視感はあるにせよ、宗教儀式を思わせる様式美と簡素な舞台装置、「血」を思わせる赤の強調などが見た目にすっきり、音楽も邪魔せず依然、賞味期限内にあると再認識した。


管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター=近藤薫)で、パオロ・カリニャーニが指揮した。ソーシャルディスタンシング(社会的距離の設定)に配慮した10型(第1ヴァイオリン10人)の小ぶりな弦楽器群に対し、管楽器はフルに入り、ダイナミックに響く。カリニャーニの意図は「宗教儀式のような静けさ」にあるというのだが、カンタービレの腰が定まらず、伴奏がムード音楽のように流れたり、逆に派手に鳴らし過ぎて声量の不足する歌手の声をかき消したり…で一貫せず、ちょっと残念だった。予習に聴いたディスク、カルロ・マリア・ジュリーニがコヴェントガーデン・ロイヤルオペラのオーケストラを指揮した1970年録音(旧EMI→現ワーナーミュージック)では題名役のプラシド・ドミンゴ、エリザベッタのモンセラート・カバリエ、ロドリーゴのシェリル・ミルンズら豪華キャストの全員を大きく包み込み、悲劇の記憶を厳かに検証するジュリーニの透徹がすべてを支配していた。カリニャーニも基本的な作品観を共有するが、包容力に大きな差がある。


キャストではロドリーゴの髙田智宏が出色。2007年からドイツを本拠とし、キール歌劇場宮廷歌手の称号を得た後、今シーズンからカールスルーエのバーデン州立歌劇場(新国立劇場現オペラ芸術監督の大野和士がかつて音楽総監督を務めた名門)に移籍したバリトン。新国立劇場では2019年の「紫苑物語」(西村朗)初演で絶賛されたが、定番は兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕プロデュースオペラでもっぱら歌ってきたので、「ドン・カルロ」は東京の聴衆が髙田の真価を認識する好機となり、期待以上の素晴らしい成果を収めている。明るめの音色で上から下までムラなく発声、イタリア語のニュアンスをきちんと汲み取って演じる能力にも隙がない。第3幕第2場の「ロドリーゴの死」の場面の絶唱は落涙ものだ。


エリザベッタの小林厚子は今年3月の大野指揮「ワルキューレ」でジークリンデの急な代役を頼まれ、普段は藤原歌劇団のイタリア物のプリマドンナであるにもかかわらず、体当たりで出色のワーグナー歌唱を披露した。今回は本来のファッハ(専門)のヴェルディ。過去の実績も踏まえて注目したのだが、ジークリンデの体当たりが影をひそめ、細かなテクニックで確実に決めていく誠実さが裏目に出てしまい、「高貴な地位と人格、1人の女性の真実の間で揺れ動き葛藤する姿」の再現までに演技が深まらない。カリニャーニの棒の指示もあるのか、フレーズを細かく分割するので、ヴェルディの強靭なカンタービレが後退していく。小林なら本来もっと熱い歌と演技が可能なはずなので、次の舞台に夢をつなぎたい。


3人の外国人ゲスト歌手には問題が多かった。題名役ジュゼッペ・ジパリはかなり軽量級のテノールで声量が絶対的に不足するし、発声もこもりがちだ。エボリのアンナ・マリア・キウリ(メゾ・ソプラノ)は様式の把握や演技の型で長いキャリアの貫禄を示した半面、声の衰えが著しく、1番の聴かせどころのアリア「酷い運命よ」でも金切り声連続の果て、最後のフレーズ1箇所をスキップして何とか歌いおおせたのは、もはや気の毒だった。宗教裁判長のマルコ・スポッティ(バス)もどうしたことか声に全く精彩がなく、この人物の底知れない不気味さを描き出すまでに至らなかった。


むしろ、脇を固めた日本人歌手が大きく健闘した。まず、2006年と2014年には宗教裁判長だったバスの妻屋秀和がフィリッポ二世に回り、第3幕第1場のアリア「ひとり寂しく眠ろう」を見事に決めた。さらに修道士の大塚博章(バス)、テバルドの松浦麗(メゾ・ソプラノ)、レルマ伯爵と王室の布告者を兼ねた城宏憲(テノール)、天よりの声の光岡暁恵(ソプラノ)が的確な歌唱力、演技で存在感を示し、それぞれに声楽家としての進境も印象付けたのは嬉しい収穫だった。75人規模の新国立劇場合唱団(三澤洋史指揮)の輝かしく緻密な歌ともども、コロナ禍の困難な状況の中、日本のオペラ歌手たちが日々の上演維持に腐心しつつも着実に力を蓄え、確実に水準を切り上げている状況を心底、素晴らしいと思った。

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