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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「コンサートの再開方法を教えてください!」リサイタルVol.1@Hakujuホール


その名もずばり、演奏活動再開を前提にした有料一般公演を音楽プロデューサー(坂田康太郎CAP社長)、楽器商(中澤創太日本ヴァイオリン社長)、ホール運営者(原浩之Hakujuホール支配人)の3者が企画、2020年6月14日にHakujuホールで第1回を行った。



出演者と曲目は左の通り。座席数300のホールで「密」や舞台上からの飛沫を避けるため1列目は空け、ほぼ交互に着席禁止の表示をかけ、聴衆の数を事前振込制(1席7,000円均一の自由席)の70人限定とした。入金確認後は入場券代わりのQRコードを送付。ビル入口では回転ドアを閉じ、自動ドア部分を開き放しにして一定の間隔を置きながら入場、最初に検温、次に手のアルコール消毒を経てエレベーターに向かう。親会社の白寿生化学研究所と一体の建物でエレベーターは2基あるが、ボタン操作はスタッフが行い、内部の床にはソシアル・ディスタンシングを考慮した立ち位置のシールが貼ってある。7階ホールに着くと、ビニール幕を下げたカウンターの前に置かれたカードリーダーにQRコードを読み取らせる。プログラムは配布せず、要所要所に張り出して済ませた。公演中もマスクの着用が義務付けられ、ブラヴォーには「自粛」が要請された。実際に集まった聴衆は62人。


最初に主催者3人、さらに演奏者それぞれがコンサート再開に臨む抱負を述べた:


坂田 「東京都のアラート期間中に告知、解除後のステップ3への移行を受けての開催という綱渡り。多くのご批判を覚悟しましたが、温かい声援のメールばかりで感謝します」

 新型コロナウイルスの感染防止対策に大変実績のある湘南鎌倉総合病院の専門医に監修いただき、Hakuju モデルを作成いたしました。これに基づき、感染対策を講じながら、公演を再開させていただきます」

中澤 「生の音は本当に大事だと、今日のリハーサルを聴きながら感動しました。3人で5月始めに話し合いを始めましたが、決定スピードの早さには驚きました」

笹沼樹(チェロ)「かれこれ4か月、全部の本番が消えました。前半40分の本番でも、現場感覚を取り戻すのは大変です。せめて音楽だけは〝密〟に奏でさせていただきます」

入江一雄(ピアノ)「家を出るとき『ホールには、何を持っていけばいいのだっけ』と焦りましたが、実際に演奏できて、とてもうれしいです」

加耒徹(バリトン)「声楽は飛沫が飛ぶので再開は一番最後かと思っていましたが、早くも歌う機会をいただき私自身、びっくりするほどの感動です。少し下がって歌います」

松岡あさひ(ピアノ・作編曲)「作曲家は元々インドアなので私自身に自粛ストレスはありませんでしたが、音楽界全体では東日本大震災以来の危機的状況にあると思います」


笹沼がショパンの「序奏と華麗なるポロネーズ」を弾き出した瞬間、チェロの温もりに耳を奪われ、入江のピアノともども音が重なり合ってのソノリティ、ホールの響き(ホールトーン)の得難い「艶」に驚いた。ステイ@ホーム中、自宅のオーディオ装置でハイレゾ音源を再生するDAコンバーターなどの設備投資を行い、かなり良い音で聴いてきたつもりだったが、生の音の「ゆらぎ」、聴衆の反応とともに刻々変化するニュアンスは全く別物だ。ラフマニノフのソナタでは全身に、ロマンティックな響きの奔流が注ぎ込まれる思いがした。


加耒はバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)のソリストも務める知性派で、ハイバリトンの軽く明るい音色の持ち主。自身の声質に適した作品を巧みに散りばめ、久しく忘れていた生の歌を聴く喜びを蘇らせてくれた。長い沈黙後、最初の本番ということで上がりきったテンションが時おり絶叫に向かい、本来の繊細な歌いくちが後退する場面もあったが、気持ちは痛いほどわかるので、大目に見るとしよう。


アンコールは加耒、笹沼、松岡の3人、松岡がチェロのオブリガートを加えた編曲によりシューベルトの歌曲「音楽に寄せて(An die Musik)」がとても美しく、奏でられた。


結びの1節:

Du holde Kunst, ich danke dir dafür!

優美な芸術である「おまえ」よ、私は「おまえ」に感謝する!(フランツ・フォン・ショーバー)

ーーは今日の会場に集った全員に共通の思いだったはずだ。


原支配人は「まず50人→70人→100人…と段階的に席数を増やしながら、再開に取り組んでいきたい」とも語ったが、ウイルスはあくまで「新型」であり、ワクチンや治療薬が実用化途上の現状では予断を許さない要素がまだ、多々ある。医学や物理学の専門家の研究をにらみながらリスクを取る部分、取ってはいけない部分を慎重に見極めるプロセスもまた道半ばどころか、第1歩を踏み出したばかりである。一刻も早く上質の音楽を公開の場で奏でたい演奏家、聴きたいファンそれぞれの願いを背景としつつ、試行錯誤は来年にかけて、様々な形で続くだろうとの思いを新たにして会場を後にした。でも、やはり「生音」はいい!


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