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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

N響6か月ぶり有観客公演@NHKホール沖澤のどか、N響デビュー見事にキメる


輝かしい前途をイメージして、写真を加工してみた

「この人は何か持っている」。2018年10月、フリーランスの音楽ジャーナリストに転じて最初の仕事が東京国際音楽コンクール「指揮」の本選と入賞者記者会見の密着取材だった。沖澤のどかは民音主催の同コンクール(1967年創設)半世紀あまりの歴史で初の女性優勝者となり、小柄な外見とは真逆の雄大なスケール、踏み込みの良さで他を圧倒した。2019年4月の「東京・春・音楽祭」でイタリアの巨匠リッカルド・ムーティの指導を受け、5月の民音主催「入賞デビューコンサート」ではコンクール時点に比べ、長足の進歩をみせた。粗っぽさが消え、作品の内面世界に潜む様々な色彩、その綾(和声)を適確に再現する手腕に驚いた。そして同年9月、フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで第1位を得た。


その翌月にはベルリンのハンス・アイスラー音楽大学修士課程オーケストラ指揮専攻を修了し、プロフェッショナルな指揮者の世界的キャリアを踏み出した直後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大(パンデミック)に行手を阻まれ、ドイツでの長い自宅待機を余儀なくされた。沖澤は、じっとしていなかった。自身のFacebookに日本全国のオーケストラのホームページURLを貼り付け、相次ぐ公演中止・延期で苦境に陥った音楽家たちへの支援を呼びかけた。ちょうどタワーレコードの「intoxicate」編集部からオーケストラ応援記事の執筆を依頼されたので「沖澤さんの獅子奮迅を軸にまとめたい」と逆提案、ネット連動で公開した拙稿は大きな反響を呼んだ。行動は男性指揮者の誰よりも機敏だった。



沖澤は6月下旬に一時帰国、2週間の待機を経て7月11日、二期会のガラコンサートで母国の指揮台に復帰した。「おこもり」期間の思考のあれこれ、今後の展望などについて私との対談形式で語る動画はYouTubeの「Create for the Next」(柴田智子プロデュース、期間限定)のサイトでも2020年8月7日午後8時(日本時間)から、無料で公開する。


これに先立つ8月2日、沖澤は「N響・夏のフレッシュコンサート」を東京・渋谷のNHKホールで指揮した。NHK交響楽団は今年2月にヨーロッパ公演から帰国した後の公演を中止、7月17日に熊倉優が指揮したNHKホールの無観客放送収録でようやく活動を再開、7月25日のミューザ川崎シンフォニーホール「フェスタサマーミューザKAWASAKI2020」への参加(広上淳一指揮)が最初の有観客公演だった。N響としては本拠地(フランチャイズ)での主催公演にお客様を迎える意味を強く意識、2日の公演プログラムには「N響が6か月ぶりにNHKホールの舞台に!」の見出しが踊り、「この演奏会が『心のふれあいの場』となりますように」と、保守本流最大手の老舗〝らしからぬ〟1文も添えられていた。記念すべき公演の指揮台で「N響デビュー」という巡り合わせもまた、沖澤が「持っている」証拠だ。


ヘンデル(ハーティ編曲)「《王宮の花火の音楽》序曲」では沖澤、N響とも久々の大舞台の緊張がほぐれず心配したが、早くも次のオネゲル「交響詩《夏の牧歌》」でペースを取り戻した。ビゼー「《アルルの女》組曲第2番」は「メヌエット」の柔らかく厚みある抒情、「ファランドール」の南仏的色彩の爆発の対照を描き分け、激しい追い込みまで見事に決まった。最後はサン=サーンスの「組曲《動物の謝肉祭》」。ピアノは牛田智大、中野翔太、ナレーターは石丸幹二と豪華な顔ぶれをそろえた。石丸は休憩なし1時間あまりのコンサート全体のMCを兼ね、ピアノを舞台中央に移す転換の間には、沖澤とのトークも行った。


石丸は劇団四季在籍当時からミュージカル俳優のイメージが強いが、東京音楽大学でサクソフォン、東京藝術大学で声楽を学び、バッハ・コレギウム・ジャパンの初期メンバーだった。《動物の謝肉祭》でのナレーションと管弦楽の間合い、呼吸にも隙がなく、ポテンシャルの高さを印象づけた。音楽分野ではテレビ朝日系の「題名のない音楽会」をはじめ民放番組のイメージが強く、大河ドラマ出演俳優にもかかわらず、N響とは今回が初共演という。驚いたのは沖澤の話術、さらにサン=サーンスの随所でソリストにからむ〝芝居〟のうまさで女優、さらにはコメディエンヌの素養まで披露した。絶えず相手を思いやりながら、主張すべきはさらりと主張するコミュニケーション能力は、指揮者に欠かせない資質だろう。


2人のピアニストは急な出演依頼、慣れない曲目の演奏の責任を何とか果たしていたが、本領発揮とは行かなかった。7月29日のミューザ川崎のフェスタで同じ曲を弾いた務川慧悟、反田恭平(下野竜也指揮読売日本交響楽団との共演)の洗練された音楽性とは正直、別の次元にとどまった。それよりも特筆すべきはサン=サーンスに限らず、プログラムの随所に出てきたソロ箇所、N響首席奏者たちの鮮やかな名人芸である。トゥッティ(総奏)でも絶対に濁らず、透明感を保ち続ける弦楽セクション(コンサートマスターは伊藤亮太郎)ともども、トップオーケストラの水準を維持していたのは何よりだった。沖澤のどかのN響デビュー、間違いなく「大成功」といえる。OMEDETO!

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