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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

青柳晋の「部屋」築地から富ヶ谷へ移転


商社マンの父の赴任先、ニカラグアで生まれた。「インパクト、あるでしょ?」とは、ご本人の弁。

50歳代の自分を振り返ると、60代以降の充実への準備に徹していた。人生最終コーナーをどんなハンドルさばきで回りおおせるか、組織内での日常が息苦しさを増せば増すほど、独立後のことしか考えないようにしていた。先生たち世代を存じ上げているので、いつまでも「青年ピアニスト」と思ってしまう青柳晋も来年(2019年)で50歳。とても頭のいい人だから、目下が東京藝術大学音楽学部准教授をはじめとする教職で多忙な分、巨匠としての最終コーナーの自身までしっかり見据えながら、演奏活動を厳選しているに違いない。2006年に始めた歳末恒例の自主企画リサイタルシリーズ「リストのいる部屋」は第13回の今年、会場を浜離宮朝日ホールからHakuju Hall(白寿ホール)へ移し、ベートーヴェン後期のソナタ&リスト「巡礼の年」の最高峰の組み合わせに、2年連続で挑むことを宣言した。


初回の今年は12月23日、平成最後の天皇誕生日。前半はベートーヴェンの「ソナタ第31番」、後半はリストの「巡礼の年・第2年《イタリア》」。来年は「第32番」と「第1年《スイス》」。子ども時代からの恩師、藝大の先輩名誉教授らが遠距離や病をおして駆けつけた理由は、あからさまに書いてしまえば、「ベートーヴェンの後期、大丈夫かしら?」と期待、不安の入り混じった〝親心〟だった。結果をこれまた先に述べて申し訳ないが、「晋、変わったわね」「今回は見違えるように素晴らしい」「来年はもっと、期待が持てる」と、リスト以上にベートーヴェンでの青柳の研さん、鍛錬を絶賛する声に包まれた。


一途なベートーヴェンだった。「嘆きのフーガ」が静かに幕を閉じる着地点を一心に見つめ、そこに至るまでのプロセスを克明にたどる趣。本来もっとカラフルな音色を備えたピアニストがあえて白黒水墨画の手法を選び、透明感と奥行き、響きの幽玄を際立たせながら、楽器の進歩と一体になって鍵盤音楽の表現領域を拡げてきた作曲家が最後に到達した境地をリアルに再現していく。ロマン派音楽を体験した以降の時代が勝手に付け加えた観念の虚飾を剥ぎ取り、ベートーヴェンが楽譜にこめたメッセージだけをひたすら信じる行き方だ。


驚くべきことに、リストも同様に、水墨画の世界で満たされた。「巡礼の年第2年」は昨年から今年にかけて東誠三、田崎悦子もリサイタルの後半で弾いた。何か期するところのあるピアニストが、節目の自主公演で正面から向き合う大作なのかもしれない。中途半端な覚悟で臨むと、最後の、そして最長の「ダンテを読んでーソナタ風幻想曲」までパワーも音楽も持たない。わずか1年半の間に3者3様の素晴らしい演奏を堪能したが、中でも、モノクロームのストイシズムに徹した青柳のアプローチは強烈な異彩を放った。CDデビュー当時から「リスト弾き」と目されたが、若いころはもっとギラギラ、ミスをも恐れずバリバリ弾きこなす感じだった。今回はリスト作品の構造的側面をじっくり見据え、サロンの女子を失神させたイケメン・コンポーザー&ピアニストの衣のうちに秘められた、ベートーヴェン直系の鍵盤奏法の痕跡や音楽を通じ人類に奉仕する気概といったものまで、浮き彫りにした。もちろん「ダンテを読んで」のクライマックスとか、ワイルドな魅力にも事欠かなかった。


ベートーヴェン→チェルニー→リストと切れ目なく続く鍵盤音楽の系譜を意識した、選曲とアプローチ。青柳はリストの輝きを敢えて艶消しのアプローチから再現しながら、時空を超越した2人の作曲家の「対話」を成立させた。アンコールのスクリャービン、リストでは「白黒フィルター」を解除、華やかでダンディーながら、どこか人懐っこい自身の持ち味をカラフルに解き放った。対(つい)をなす来年のプログラムへの期待、いやが上にも増す。





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