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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

浅草のオペラ&軽演劇の流れを汲む和製オッフェンバックの成功、二期会&日生劇場「天国と地獄」


カーテンコール(東京二期会のホームページより)

今年(2019年)はドイツ・ケルン生まれのユダヤ人チェロ奏者から身を起こし、フランスでオペレッタの人気作曲家に躍り出たジャック・オッフェンバック(1819−1880)の生誕200年。東京二期会とニッセイ文化振興財団は「フレンチカンカン」のバレエ音楽で人口に膾炙した(東京人には文明堂の「カステラ1番…」のCF音楽として知られる)代表作、「天国と地獄(地獄のオルフェウス)」を鵜山仁の新演出、大植英次指揮東京フィルハーモニー交響楽団の管弦楽により4日間(ダブルキャスト)、日生劇場で上演した。


二期会は1981年と1983年になかにし礼、萩本欽一の共同演出、2007年に佐藤信の演出で日本語上演した歴史があり、ともに楽しめる舞台だった。今回は生真面目な鵜山の演出、二期会デビューに当たった2013年の白井晃演出「こうもり」(J・シュトラウス)では指揮の焦点が今ひとつ定まらなかった大植2度目のオペレッタということで心配だった。2019年11月24日の千秋楽(若手中心のBキャスト)に駆けつけたところ、幸いなことに最高に楽しい舞台で指揮も快調、歌手のアンサンブルにも隙がなくて、休憩をはさんで3時間、笑い続けることができた。


鵜山のコメディのセンスに目を瞠りながら思い出したのは、新聞社に入った当時の先輩記者が語ってくれた映画「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督の素顔だ。「東京大学卒の超インテリ、共産党支持者の物静かな進歩的文化人。1人じいっと思考を巡らせ、フーテンの寅さんのコメディーを生み出すんだよ」。そういえば鵜山も「カルメン」「ラ・ボエーム」などシリアスなオペラだと、ヒロインを美しく可愛い理想の女性に描き過ぎる癖(へき)も気になるが、喜劇の要素が強い「ナクソス島のアリアドネ」の処理には感心した記憶がある。慶應義塾大学フランス文学科から舞台芸術学院、文学座という経歴に改めて目を向ければ、オッフェンバックのオペレッタを日本語で上演する要として、適任の演出家だろう。賢明なのは日本人が白粉を塗りたくり、西洋人に化けようと悪戦苦闘した時代の「赤毛もの」路線を断つ代わり、大正時代の浅草のオペラ、オペレッタ、軽演劇などに端を発する日本人のオッフェンバック受容史の地下水脈を丁寧に継承した点だ。もう一つ、日生劇場には劇団四季を「育てた」と言って良いほどにミュージカルの歴史があり、〝小屋〟の血脈も、巧みに取り込んでいた。簡素な装置もどこか、芝居小屋やミュージカルに似ている。最近は映像ソフトの手法が生の舞台に逆流、序曲の間もあれこれヴィジュアルに工夫を凝らす上演が多いなか、赤いオペラカーテンを下ろしたまま何もしなかったのも、一つの見識と思えた。


大植の指揮は無理にフランス流儀を真似せず、彼本来の溌剌とした音楽を基調に東京フィルをしっかりと鳴らし、歌手の呼吸も丁寧にフォローしていた。今から10数年前、ウィーンのフォルクスオーパーで観たドイツ語上演(Orepheus in der Unterwelt)に近い感触だ。カンカンの場面では客席から、自然に手拍子が出た。オルフェの奏でるヴァイオリンの音はコンサートマスターの依田真宣が受け持ち、素晴らしいソロを聴かせた。オルフェ役の山本耕平とは東京藝術大学音楽学部の同期という。オーケストラでの経験も積み、東京音楽コンクールで審査した学生当時よりもずうっと、骨太のヴァイオリニストになった。


歌手たちは歌、演技、踊りとも達者で何より、日本語歌唱に長け、歌詞がはっきり聴き取れたのが良かった。このチームの明らかな柱はジュピターのバス・バリトン、三戸大久だ。ミュージカル出演歴も豊富で、全てが決まっている。プルートのテノール、渡邉公威も負けてはいない。オルフェのテノール山本耕平とユリディスのソプラノ高橋維は、実生活では新婚さんなのに、倦怠期の夫婦を素敵な歌で演じきった。ちょっと心配になるほど、憎々しい演技だった。バッカスの志村文彦を除けば若いキャストだが、みな美声で演技力も確か。マルスのバリトン的場正剛とダイアナのソプラノ廣森彩の声、ジョン・スティクスのテノール相山潤平のコミカルな演技などが、特に強く印象に残る。日本人が西洋音楽のコメディを演じ、観る側に気恥ずかしさを覚えさせない稀有の舞台だった。

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