• 池田卓夫 Takuo Ikeda

川口成彦はもしかして天才かもしれない


左がプレイエル(1843)、右がスタインウェイ(1887)、右の椅子をラフマニノフが最晩年に愛用。

2018年にワルシャワで開かれた第1回「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」で第2位を得て一躍知名度を上げたフォルテピアノ奏者、川口成彦(1989年生まれ)のリサイタル「ショパンをめぐる旅」を2021年7月17日、東京・小石川のトッパンホールで聴いた。


演奏曲目は別掲の通り。ショパンとシューマンはプレイエル、オネゲルとプーランク、モンポウはスタインウェイを使用した。暗譜ではなく独自の加工を施した譜面を立てるが、譜めくりの付き添いはなく、絶妙のタイミングで器用にページをめくる。遅ればせながら初めて、川口のフルサイズのソロリサイタルに接した私は、シューマンが1832年、ライプツィヒの「一般音楽新聞」に、「諸君、脱帽したまえ、天才だ」とショパンを紹介した有名な言葉を瞬時に思い出した。考え抜かれたプログラミングと楽器の選択、しかも微塵もぺダンティック(衒学的=知識ひけらかし系)には向かわない。もはや憑依の域に達する作品への没入、作曲家への同化が1世紀とか2世紀、さらに昔の作品の楽譜に命を吹き込み、生き物としての俊敏、伸縮、飛翔を即興的に繰り広げていく。楽曲との親和度(アフィニティー)が最高潮に達した瞬間、川口は満面の笑みをたたえ、至福&法悦の表情とポーズをとる。


韓国出身の世界的ピアニスト、クンウー・パイク(白建宇=ペク・コヌ)に先日インタビューしたとき、「アジアの演奏家は正確だが個性がない」といった長年の先入観(つい最近もジュリアードで教える名ヴァイオリニスト、ピンカス・ズッカーマンがこうした趣旨の発言をして世界の批判を浴びた)に対する意見を求めた。マエストロは「最近の若いアジア人、シャイでも臆病でもなく自由なので、問題はまるでなくなりました」と言い切った。川口の深く没入して突き詰め、その先に広がる自由をとことん享受、ものすごく楽しそうに弾く姿に接すると、パイクの言葉が何の誇張でも期待でもない現実を、はっきりと理解できる。


ショパンの「24の前奏曲」をセットではなく〝バラ〟で置くリサイタルに接するのは、1970年代末に東京で聴いたスヴャトスラフ・リヒテル以来だ。リヒテルは「全部好きなわけではない」の理由で14曲だけ弾いたが、ひと塊には違いなく、他の作曲家の楽曲を挿入したりはしなかった。川口は前奏曲以外のショパン、それらに基づくシューマンの変奏曲、ラテン諸国の近代作品を明確な連関の論理とともに混ぜ、一つの大きな物語を紡ぎ続ける。


最初はあまりの自然体に何も考えないまま、惹き込まれていった。だが、タイロン・パワー主演の1956年の米国映画「愛情物語」(コロンビア)のサウンドトラック(カーメン・キャバレロの編曲)で急激に名曲と化した「夜想曲第2番」(変ホ長調)の甘美さと、シューマンに献呈された「バラード第2番」(ヘ長調)に潜む極限の狂気との対照の間に、悲劇的調性とされるト短調の「前奏曲第22番」が置かれたユニットを体験した時点で「ただならないもの」を感じるに至り戦慄を覚えた。以前、ベートーヴェンの協奏曲をかなり大編成の楽団との共演で聴いた際は川口の「音量が小さいのか?」とも感じたが、今回、モダン(現代)ピアノに近いメカニックの楽器で聴くと、かなりダイナミックな音量を備えている。恐らく最新のスタインウェイやヤマハ、ファツィオリを弾いても何の問題もないと思われる。


最後のモンポウ。過去何人もの「腕自慢」タイプのピアニストで聴き、1度も「面白い」と思わなかった変奏曲をこれほどまでに多彩な声色と性格付けで描き分け、最初から最後まで一気呵成に聴かせてしまったのは驚きだった。「教養」という言葉が死語になって久しいが、川口の演奏には教養のよみがえりだけでなく新しい時代のライヴ感覚がある。アンコールはシューマンの「謝肉祭」第12曲の「ショパン」とショパンの「ワルツ第7番」。ここでも川口は「アンコールは〝シューマンのショパン〟です」とだけ告げ、ショパンの超有名な嬰ハ短調のワルツには言及しなかった。絶えずサプライズを仕掛ける気概は素晴らしい。



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