• 池田卓夫 Takuo Ikeda

原田慶太楼とパーヴォの年齢差、23歳


1995年にパーヴォ・ヤルヴィが東京交響楽団へ客演するために初めて日本を訪れた時は、33歳だった。日本で最初のインタビュアーは私。後にあちこちで出典不明のまま「孫引き」され、記憶している方も多いと思われるパーヴォの発言は「 一つの作品を何度も繰り返し演奏し、時間をかけて究めるクラシック音楽の指揮者にとって、20〜30代のマエストロ(巨匠)はありえない。うちの父親(ネーメ・ヤルヴィ)だって、60歳を過ぎてようやく、味わいが出てきたところだよ」。その彼も今年末で57歳。完熟の領域に近付いている。


2019年2月20日は昼に東京芸術劇場で原田慶太楼(1985年生まれ)指揮新日本フィルハーモニー交響楽団と伊藤恵(ピアノ)による都民芸術フェスティバル参加公演、夜にサントリーホールでパーヴォ・ヤルヴィ(1962年生まれ)指揮NHK交響楽団(N響)の第1908回定期演奏会を聴いた。今の原田はちょうど、初来日時のパーヴォの年齢ゾーンに位置する。


新日本フィルは音楽監督の上岡敏之と充実した演奏を繰り広げているにもかかわらず近年、集客に苦戦している。美濃部亮吉知事時代に東京都が始めた都民芸術フェスティバルのオーケストラ公演は公的補助金をストレートに入場料金の引き下げに使うため、今でも最上席が3800円と低廉だ。おまけに新日本フィルは昼公演だったので高齢者にもアクセスがしやすく満席、楽員も少しでもファンを増やそうと考えたのか、ものすごい気迫で臨んだ。17歳で渡米した原田は現在シンシナティ交響楽団&ポップスのアソシエート・コンダクターを務め、2月26日でやっと34歳になる若手だが、2014年の日本デビューで新日本フィルを指揮した縁があり、すでに気心通じている様子がうかがえた。


1972年に旧日本フィルと分裂、新日本フィルが発足する以前から、オーケストラにはアメリカ文化へのアフィニティ(親和力)が存在した。創立者の渡邉暁雄は日本国籍の指揮者で米国へ留学(ジュリアード音楽院でジャン・モレルに師事)した第1号。ボストン交響楽団との楽員交流やレナード・バーンスタイン、ウィリアム・シューマンらとの交友を通じ、ドイツ=オーストリア音楽一辺倒だった当時の日本楽壇に新風を吹き込んだ。分裂時のコンサートマスター、ルイ・グレーラーもかつてアルトゥーロ・トスカニーニが率いたNBC交響楽団の団員だった。創設者で現在は桂冠名誉指揮者の小澤征爾も米国を本拠に活躍したので、アメリカンなDNA(遺伝子)は現日本フィルより、新日本フィルに色濃く受け継がれた。


原田がワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲を景気よく華やかに鳴らした瞬間、新日本フィルのアメリカンなDNAが「うずいた」と思った。まだ大振りで推進力過多、「ため」や「ブレス」が少ないので全音均等でフィリップ・グラスの音楽のように切れ目がないものの、物怖じせず、若々しい輝きは久々の逸材を実感させた。ARD(全ドイツ放送網)国際音楽コンクール(日本での通称はミュンヘン・コンクール)優勝直後ならともかく、近年はドイツ=オーストリア音楽のスペシャリストと目される伊藤のリストは、意表をつく選曲。マルタ・アルゲリッチのように獰猛なヴィルトゥオーゾ(名手)志向ではなく、リストの置かれた時代の精神(ツァイトガイスト)や趣味、様式感をしっかり踏まえた構造的アプローチで、じっくりと聴かせた。原田のつくる華麗な管弦楽との対比も見事だった。アンコールは何と、伊藤たっての希望でコンサートマスターの西江辰郎、首席ヴィオラ奏者の篠崎友美、首席チェロ奏者の長谷川彰子とシューマンの「ピアノ四重奏曲」第3楽章。しっとりした演奏で客席の興奮を鎮めると同時に、シューマン〜リスト〜ワーグナーという19世紀ロマン派の人間模様、関連を示す啓蒙性も存分に発揮した。


後半のラフマニノフ「交響曲第2番」は21歳でモスクワ交響楽団とデビューして以来の「勝負曲」。ここでもオーケストラをフルに鳴らし、タクトを持つ、持たないを使い分けて旋律をたっぷり歌わせ、現在の新日本フィルのベストフォームを引き出した。弦は対向配置で特に第3&4楽章で効果を上げた半面、新日本フィルの第2ヴァイオリン群の弱さも露呈してしまった。金管楽器が立派なオーケストラなので、最強音のトゥッティ(総奏)で弦がかき消されてしまうのは、創立以来の課題(弦=組合の日本フィル、管=非組合の新日本フィルで、それぞれ管、弦が弱い傾向が長く続いた)が未だ解決途上であることを思わせた。


一方、首席指揮者パーヴォとともにN響が奏でる音は完全に世界水準(グローバルスタンダード)を満たし単に美しい、パワフルといった段階を越え、和声がフワーッと広がっていく立体感が素晴らしい。金管もパワフルだが、弦がかき消される瞬間はない。シリーズで続けてきたB定期のストラヴィンスキー。今回は前半に幻想曲「花火」、「幻想的スケルツォ」、「ロシア風スケルツォ」、「葬送の歌」と短い作品を並べ、後半はバレエ音楽の傑作「春の祭典」で一気にたたみかけた。「花火」「幻想的スケルツォ」と恩師リムスキー=コルサコフの葬儀のために作曲されながら長く楽譜が行方不明、2016年にワレリー・ゲルギエフが蘇演した「葬送の歌」はロシア時代、「ハルサイ」はパリ時代、「ロシア風」は米国へ移った後と、うまく作曲年代も分散させている。リムスキー流ロシア管弦楽法の嫡子がパリで前衛の花を咲かせ、新大陸でジャズをはじめとする斬新な音楽の洗礼を受けたさまを1冊の伝記のごとく、鮮やかに再現していく。


なかでも「ハルサイ」にはアルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリのピアノを想起させる「完璧に制御された狂気」が漂い、名誉音楽監督シャルル・デュトワのカラフルな流儀とは全く違う角度からのアプローチで、客席を震撼させた。ハードボイルドの熱狂、楽員たちは全身弾きでクライマックスを築いた。終演は20時30分と、いつもより30分ほど早かったが、中身はこの上なく濃く楽員、聴衆双方に満足感が漂った。この定期はオーボエの茂木大輔が定年、クラリネットの加藤明久が音楽大学教授への転身で、それぞれ最後の出番に当たる。花束を贈られた2人は感無量の面持ち。素晴らしい演奏で花道を飾れて、よかった。


マエストロ「寸前」のパーヴォ、その入り口に立った原田。2人の指揮を1日で聴き、つくづく「時間芸術」としての音楽の面白さに感じ入る。


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