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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

兵庫芸文日本オペラプロジェクト2022團伊玖磨「夕鶴」のニュースタンダード


夏の佐渡裕プロデュースオペラは「ラ・ボエーム」

日本オペラプロジェクト2022《夕鶴》(2022年3月20日、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール)

指揮=粟辻聡、演出=岩田達宗、管弦楽=ザ・カレッジ・オペラ・ハウス管弦楽団(コンサートマスター=赤松由夏)

つう=石橋栄実(ソプラノ)、与ひょう=清水徹太郎(テノール)、運ず=晴雅彦(バリトン)、惣ど=松森治(バス)

児童合唱=夙川エンジェルコール(合唱指揮=根津嘉子)


岩田が出身地の兵庫県で2013年に制作した演出の4年ぶり3度目の上演。4月2日には東大阪市文化創造館へも巡演する。私は西宮北口の劇場を何度も訪れているが、いつも大ホールか小ホールで、中ホールは初めてだった。演劇用に設計され、残響に乏しいハンディは音響の小野隆浩が巧みに補い、全ての歌詞が明瞭に聴き取れるとともに、オーケストラの音も確実に客席へ届ける。むしろ木下順二の演劇台本に團伊玖磨が作曲した実態に照らせば、演劇的距離感で作品を味わえるメリットの方が生きた。


岩田は「恩返しの物語ではない。恋の物語だ」「自然の摂理を破った恋だ」「千羽織とは、つうにとっては象徴的には与ひょうとの間にできた子どもなのではないだろうか」「二人の恋は金銭や経済などという虚構に破壊されたのではない。彼らが鶴と人間であったから。それだけだ」といった視点でアルテシェニカ(身体表現)を造形、舞台全体のヴィジュアルでは、岡田利規※のように大胆な現代化を施さない。ロッテのアイス菓子「雪見だいふく」を思わせる白いモコモコとした枠組みをプロセニアム(額縁)に追加、全体を一つの紙芝居のように囲い込み「日本昔ばなし」的テイストを強調することで逆に、理解を深める方向性を選んでいる。 その中に、織り上がった布地を与ひょうが赤ん坊のように抱きかかえたり、つうが「もはや人間の姿になれない」と告げた後で与ひょうの視覚から消えたり…といった細かな解釈を施し、ある種のリアリティを高めた。 


再演に対する大きな関心の1つは未知の指揮者、粟辻にあった。京都市立芸術大学からグラーツ、チューリヒに留学、2015年にクロアチアのロヴロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールで第2位を得た。タクト(指揮棒)を持たず、全身を大きく動かして絶妙の「揺らぎ」を与え、表出力の強い音楽を小編成のオーケストラから引き出す。公演プログラムに執筆した原稿「オペラ『夕鶴』のスコアから見えてくるもの」を読むと、かなり深くスコアを分析、調性の工夫がもたらすドラマの妙を適確にとらえている。これからの日本オペラ界を背負って立つ人材の1人とみた。


キャストは強力だった。石橋は序盤、喉の上の方だけで鳴る発声の浅さこそ気になったが、キャラクター造形、日本語の口跡の両面において堂々の存在感を示した。後半は響きの深みを取り戻し、声楽的にも満足のいく展開をみせた。清水は美声を駆使し、イノセントな人物像を魅力的に演じた。どこか剽軽な晴、剛直な松森の対照もあえて類型的で、確かな存在感がある。昔ながらのオーソドックスを装いつつ、かなりの野心に満ちた面白い舞台だった。


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