• 池田卓夫 Takuo Ikeda

兵庫の佐渡プロデュース&広渡演出の「メリー・ウィドウ」13年ぶり再演へ

更新日:7月15日


全体をグランドピアノにみたてたホルズワースの装置(撮影=飯島隆、提供=兵庫県立芸術文化センター)

兵庫県立芸術文化センターが年1作のペースで制作してきた「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ」は昨年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界拡大により、予定していた「ラ・ボエーム」(プッチーニ)の公演を中止した。今年もコロナ禍は続くが、兵庫では感染症対策に万全を期した上(私も出張取材に先立ち兵庫県立芸術文化センター手配のPCR検査を受け、陰性判定が出た後に出張を確定するほどの態勢で、すごく入念)でオペラを再開、ヒロインが肺を病んで亡くなる「ボエーム」は2022年に先送りして、レハールのオペレッタ(喜歌劇)「メリー・ウィドウ」(2008年)の13年ぶり再演を決めた。前回と同じく広渡勲の演出と日本語台本を使った。サイモン・リマ・ホルズワースの装置は前回を踏襲しつつも保管されていなかったことを逆手に取り、再創造に等しいもの。14日間の隔離期間を伴って来日したホルズワース本人が監修した。衣装デザインを担当したイタリア人スティーヴ・アルメリーギは2017年に亡くなったが、オリジナル衣装がミラノで保管されていて、改めて取り寄せることができた。落語から宝塚まで関西文化圏古今のエンターテイメントを取り込んだ、あのサービス満点の「コテコテ版《メリー・ウィドウ》」が戻ってくる!

(2021年7月16、17、18、20、21、22、24、25日の8公演で2組交互のキャスト)

キャストなどの詳細はHPで:http://www.gcenter-hyogo.jp/merrywidow/


兵庫芸術文化センター管弦楽団のメンバーは昨年8月に就任したコンサートマスターの田野倉雅秋をはじめ大きく替わったなか、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団第2ヴァイオリン奏者を務め上げた超ヴェテランのペーター・ヴェヒターが今回も第2ヴァイオリン首席に入り、ウィーン音楽やオペレッタの〝生き字引き〟の重責を担う。キャストも大幅に入れ替わった。まずヒロインのハンナ・グラヴァリは佐藤しのぶ、塩田美奈子から前回ヴァランシェンヌの並河寿美、新人の高野百合絵に。その〝ツンデレ元カレ〟のダニロ・ダニロヴィッチ伯爵では前回新人だった大山大輔が並河と組み、その時に塩田の相手を務めた黒田博の息子、黒田祐貴が高野とともにフレッシュコンビを務める。もう1組のカップル、ポンテヴェドロ大使ツェータ夫人ヴァランシェンヌとフランス人青年カミーユ・ド・ロシヨンも並河と天羽明恵、ジョン・健・ヌッツォと経種廉彦から髙橋維と市原愛、小堀勇介と樋口達哉に変わった。2008年キャストには佐藤、経種、ヴァランシェンヌの夫であるツェータ男爵の平野忠彦、松本進らすでに亡くなった歌手も少なからずいて、時の流れを実感する。高野と黒田の初々しくフレッシュな声と舞台姿の未来に投資するか、並河と大山の熟した声と濃密な演技に酔いしれるか、あるいは両方を楽しむか、8公演もあれば様々な味わい方ができる。


狂言回しの落語家も桂ざこばから桂文枝に、宝塚テイストの担い手は平みちから香寿たつきに替わり、全く別の演出を施している。文枝師匠は日ごとにアドリブが替わり、決まったり滑ったりのスリル満点。香寿は宝塚の名曲「すみれの花咲く頃」も披露するが、その原曲「Wenn der weiße Flieder wieder blüht(白いライラックが再び咲いたら)」を作曲したフランツ・デッレ(Franz Doelle=1883ー1965)は「メリー・ウィドウ」の作曲者フランツ・レハール(1870ー1948)と存命期間が重なるドイツの作曲家&オペラ指揮者だ。オペレッタは上演劇場ごとに編成やセリフ、挿入曲&場面などが異なるのを常としていたので、広渡演出の兵庫版が「すみれの花」や同じレハールの「ワルツ《金と銀》」のバレエを追加するのは、むしろ伝統に即した処理。それでも「元がドイツ語のオペレッタだから、戦後のミュージカルナンバーやポップスは入れない」との筋は通している。今回はゲストダンサーとして東京バレエ団の往年の大スターコンビ、高岸直樹と吉岡美佳が出演するのも豪華だ。


もう1人、同じ人物なのに音楽が「変わった」存在に注目してほしい。ほかでもない芸術監督でプロデューサー、指揮者の佐渡である。今年5月13日に還暦(60歳)を迎えとは信じられないほど依然若々しく精力的だが、「メリー・ウィドウ」の音楽づくりでは素晴らしい円熟をみせている。ちょうど、小澤征爾がウィーン国立歌劇場音楽監督に就任して数年を経たあたりから、オペラで「しゃかりき」の指揮をやめ、音楽の推移や歌手の自発性に任せるところは任せる手綱さばきに変貌したように、今回、佐渡の指揮は脱力が行き届き、聴き手も音楽の自然な流れに身を委ね浸りきれる。1993ー2011年にパリのコンセール・ラムルー管弦楽団首席指揮者を務めた蓄積は第3幕、マキシムの宴会場面で奏でられる「フレンチ・カンカン」の熱狂に象徴されていたし、2015年からウィーンの名門トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督・首席指揮者を続けてきた結果、ウィーン音楽への親和度(アフィニティー)を確実に高めている。オーケストラの味のある響きにも是非、耳を傾けてほしい。


前回公演の3か月後、2008年9月にはニューヨーク震源のリーマン・ショックが起き、過度にグローバル化した世界経済が一瞬で危機に瀕した。今回のコロナ禍は経済にとどまらない広範な分野で、世界を危機に追い込んだ。パンデミック(疫病の世界的蔓延)長期化で疲弊した人心にとって、一度は消えたはずの「身分違いの恋」(格差社会?)が美しくリズミカルな旋律、楽しい踊り、笑い満載のセリフを交えて一気呵成にハッピーエンドへと突き進むレハールの音楽、「メリー・ウィドウ」の物語は一瞬の刺激にとどまらない、大きなエネルギーを与えてくれるはずだ。世の中にはまだ、素直に楽しく、美しいものが残されている。


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