• 池田卓夫 Takuo Ikeda

佐藤俊介のJSB無伴奏、昼下がりの成就

最終更新: 2018年11月16日


今年(2018年)6月にオランダ・バッハ協会(NBS)のコンサートマスターから音楽監督に昇任、来年9〜10月の日本ツアーも決まった佐藤俊介(1984年生まれ)が11月15日午後、東京の浜離宮朝日ホールでJ・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲を一気に弾いた。


お客様は古楽ファンよりも、ホールご常連のシニア層が中心だった。1684年にオランダで製作されたピリオド(作曲当時の仕様の)楽器「コルネリ・クライネ」(バロック・ヴァイオリン)にガット弦、バロック・ボウ(弓)の組み合わせ。モダン(現代仕様の)楽器より低いピッチで淡々と弾き進むので、過剰な緊張を与えないのがいい。


半面、佐藤はモダン楽器でも早熟のヴィルトゥオーゾだったから、演奏自体は「まったり」と違う。まず往年の「古楽器奏者」たちに散見された演奏への不安感が皆無。快刀乱麻の技の冴えを随所に散りばめ、バッハの楽譜に潜む複雑な感情、それぞれルーツを異にする舞曲ごとの様式、実験的なリズムや和声のミニアチュール(小宇宙)を克明に描き出していく。コンチェルト・ケルンのコンサートマスターも兼ねるなど、ピリオド分野での経験の蓄積は多彩な表現手法の「ひきだし」となり、時に唖然とさせる逸脱や大胆な装飾音の追加で聴く者を飽きさせない。もちろん「共演者がいない」メリットを生かし、瞬間の閃きを即、音にして伝える即興精神も最大限に発揮していた。


演奏はソナタとパルティータを交互、第1→第3→第2番の順で、パルティータ第2番の「シャコンヌ」で全曲を閉じた。シャコンヌの最後には通常より長めのフェルマータが与えられ、バッハが最初の妻マリア・バルバラへのラメント(哀悼歌)として、この楽章を構想したという最近の学説を裏付けるかのような解釈を示した。早めの拍手が、ちょっと残念。最初のソナタ第1番こそ慎重な姿勢をみせたが、続くパルティータ第1番以降は「やりたいことをやりたいようにやる」の俊介スタイルのエンジンが全開。後になればなるほど精彩、エネルギーを放つという離れわざをやってのけ、昼下がりの大プロジェクトを成就させた。


客席には今年10月、「日本経済新聞」文化面で「私の履歴書」を執筆したばかりの大先輩、前橋汀子の姿も。前橋は佐藤が発信する最新の様式感に触れようと、招待ではなく、自身でチケットを購入しての鑑賞だった。終演後、盛大な拍手で佐藤の健闘を讃えていた。


佐藤の新譜は、同じくJ・S・バッハの「ヴァイオリン協奏曲集」。NBSではなくイタリアのピリオドアンサンブル、イル・ポモドーロ(英語にすると、ザ・トマト)との共演だ(ワーナー・クラシックス)。ここでも全く危なげなく、生気に満ちたソロが鮮烈な音像を提示し、バッハを21世紀にもアピールする音楽として蘇らせている。


© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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