気がつけば、東京のオーケストラの首席指揮者、常任指揮者にオペラハウスで活躍してきたマエストロが増えた。NHK交響楽団首席のファビオ・ルイージ、東京フィルハーモニー交響楽団首席のアンドレア・バッティストーニ、読売日本交響楽団常任のセバスティアン・ヴァイグレ、さらに東京交響楽団音楽監督のジョナサン・ノット、東京都交響楽団音楽監督の大野和士。かつて海外公演のたびに指摘された「正確だけど無味乾燥」「音色に個性がなく、どこも似たり寄ったり」といった欠点(あるいは偏見?)が過去10年間で急激に解消した先、より自然な呼吸、豊かな表情を獲得する上でも極めて適切な人事だったのではないか?
ルイージ指揮N響
1)第1962回A定期(9月11日、NHKホール)コンサートマスター=篠崎史紀
ソプラノ=ヒブラ・ゲルズマーワ、メゾソプラノ=オレシア・ペトロヴァ、テノール=ルネ・バルベラ、バス=ヨン・グァンチョル、新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)
ヴェルディ「レクイエム」
2)第1964回B定期(9月22日、サントリーホール)コンサートマスター=篠崎史紀
ヴァイオリン=ジェイムズ・エイネス※
ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」※
ソリスト・アンコール:J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番」より第3楽章
ブラームス「交響曲第2番」
バッティストーニ指揮東京フィル
第975回定期(9月19日、オーチャードホール)コンサートマスター=近藤薫
リスト〜バッティストーニ編「《巡礼の年》第2年《イタリア》より《ダンテを読んで》」
マーラー「交響曲第5番」
ヴァイグレ指揮読響
第621回定期(9月20日、サントリーホール)コンサートマスター=林悠介
ソプラノ=ファン・スミ、バリトン=大西宇宙、新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)
ダニエル・シュニーダー「聖ヨハネの黙示録」(日本初演)
ブラームス「ドイツ・レクイエム」
ルイージのヴェルディ「レクイエム」を聴いていて突然、「今日は2001年ニューヨークの同時多発テロから21年目の祈念日だ」と気づいた。少し前までは必ず思い出したはずなのに、東日本大震災(これも3月だが同じ11日)を経て、さらに過去3年でコロナ禍からウクライナ侵攻、異常気象、原油高、インフレ、円安…と私たちを取り巻く環境が激変し、はるか遠い昔の記憶に追いやられてしまったのだろう。「今こそ世界は祈りを必要としている」の思いは、ルイージの静謐極まりない「ヴェルレク」(音量ではなく内面の音楽的頂点は明らかに「ラクリモザ」に置かれていた)から、ダンテ「神曲」の「地獄篇」に基づくバッティストーニのリスト作品編曲、後半だけでなく前半も独唱、合唱を伴う宗教音楽で通したヴァイグレの選曲に至るまで一貫していたように思う。ルイージが一連の就任披露定期演奏会の最後、ニ長調と平和で穏やかな調性の2曲をエイネスの澄み切ったヴァイオリンを交え柔らかく情感豊かに演奏してくれて、聴き手の私のループも完結したのだった。両曲とも第2楽章の集中した弱音が素晴らしく、音楽の美に浸り切る感触を満喫できた。
コロナ禍はまだ終わっていない、と痛感したのはN響「ヴェルレク」で80人編成だった新国立劇場合唱団が読響「ドイツ・レクイエム」で60人に減ったこと。プロテスタントの「北のドイツ人」らしいヴァイグレの深く静かで、敬虔としか言いようのない解釈には結果として合っていたから「怪我の功名」ではあるが、本来はN響と同じ人数がブッキングされていた。2日間のヴェルディ熱唱を通じ、20人規模のクラスターが発生したという。それでもプロの高い技量を保ち、前半のシュニーダーの難曲ともども澄み切った合唱で感動を一段と高めた60人と冨平に、心から拍手を送ろう。ドイツで活躍する韓国人ソプラノのスミとドイツ物も得意とするバリトンの大西、2人の独唱者も前後半出ずっぱりながら時代様式の違いを正確に歌い分けた。カペルマイスター(楽長)ヴァイグレの長所が全開した一夜だった。
「読響の《ドイツ・レクイエム》」に関する個人的思い入れはTwitterで打ち明けた。42年前の1980年11月の東京文化会館、当時の常任ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮、曽我栄子(ソプラノ)と芳野靖夫(バリトン)の独唱、武蔵野音楽大学合唱団(合唱指揮=佐久間哲也)で聴いた同曲はあの夜、両親の強い希望で突然の進路変更を余儀なくされ「お先真っ暗」の心境に陥っていた大学4年生の自分にとって、干天の慈雨のように響いた音楽だった。はるかに上手になった読響とヴァイグレの極上の演奏に引き込まれた末、色々と確執もあった亡き父母への最終的な感謝のような気持ちに至り、本当に救われた。
バッティストーニと東京フィルのマーラーは過去に「第1番」「第8番(千人の交響曲)」を聴いたが、両者のコンビ長期化(首席指揮者就任は2016年10月。初共演からは10年)に伴い、作曲家との距離を一歩ずつ縮めてきた気がする。マーラー自身、優れた指揮者でオーケストラの楽器の鳴らし方を隅々まで知り尽くしていた上、ブダペストやハンブルク、ウィーンでカペルマイスター経験を積み上げ、オペラの呼吸もわきまえていた。バッティストーニも東京フィルをフルに鳴らしながら、すべての声部、音型が埋もれないよう工夫を凝らし、歌わせるところは徹底的に歌わせる。私が聴いていて、一番見事だと思ったのは第3楽章だった。中間部のレントラー風の楽想を思いっきり優雅に歌わせた後、再びホルンのソロ(長岡公演も含め4公演連続でパワフルに吹き続けた首席、高橋臣宜は素晴らしい!)が現れる場面で「さあ、どうぞ」とばかりに舞台を用意するバッティストーニの振り方は、オペラ指揮者以外の何ものでもない。当面は「交響曲第2番《復活》」「交響曲第3番」など声楽入りのナンバーではなく、あえて器楽だけのマーラーを彼らの演奏で聴いてみたいと切に感じた。とりあえず終演後の楽屋を訪ね、「次は『第7番』をよろしくね」とお願いした。
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