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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ニコライ・ルガンスキーとの再会「私はロシア音楽以外も弾くピアニストです」

更新日:2018年11月13日


インタビューは、不思議な経路をたどって実現した。ロシアを代表するピアニストの1人、ニコライ・ルガンスキー(1972年生まれ)の本拠地モスクワのプロモーターがタイ在住の友人に相談、さらに札幌の舞踊教師を経由して私の近所の(全く音楽業界に関係ない)友人に着地。サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団との来日に合わせ、都内のホテルで対面した。前回はサカリ・オラモ指揮バーミンガム市交響楽団と録音したラフマニノフの「狂詩曲&変奏曲集」(2004年録音=ワーナーミュージック)のリリースと来日の機会をとらえ、13年前に会った。よく覚えている理由は、ルガンスキーが「自分はドイツ語の方が得意なので、できればドイツ語でインタビューをお願いします」と、他のロシア人アーティストでは経験したことがないリクエストを出したからだ。両親が理科系研究者ということもあってか、俗に言うロシアン・ピアニズムの正統な担い手ながら、クールで知的、非常に洗練された音楽を奏でる名手には、ドイツ語の理知的な受け応えがとても似合っていた。



ラフマニノフは相変わらず素晴らしい。今年(2018年)2月、ユーリ・テミルカーノフ指揮読売日本交響楽団と共演するための来日に合わせて国内リリースした「前奏曲全集」の素晴らしさを私は、新聞社勤務時代の電子版記事で大きく紹介した↓


ルガンスキーはラフマニノフの再来? 圧巻の前奏曲集 - NIKKEI STYLE https://style.nikkei.com/article/DGXMZO28438920S8A320C1000000?channel=DF260120166511&n_cid=LMNST011



「ドイツ人が相変わらずラフマニノフを遠ざけるのに対し、日本人は本当に深く共感し理解してくれる」。ルガンスキーは今回(11月)のサンクトペテルブルク・フィルとの再来日でもラフマニノフの協奏曲を弾いたが、「ロシア正教に基づく奉神礼合唱曲の《徹夜祷(晩祷)》作品37をはじめ、ドイツをはじめとする西のヨーロッパとは異なる精神文化を色濃く体現した作品も多々あり、ピアノ音楽だけの作曲家とは考えないで欲しい」と力説した。


同じように「世界各地、特にヨーロッパ域外の公演主催者は私を『ロシアのピアニスト』の箱に閉じ込め、チャイコフスキーとラフマニノフの協奏曲ばかり求めるのは困った傾向だ」と、悩みを打ち明ける。日本での最新盤は仏「ハルモニア・ムンディ」レーベルが2018年のドビュッシー没後100年を記念して制作した主要作品シリーズの1点。「前奏曲集第1巻」をハビエル・ペリアネス、「同第2巻」をアレクサンダー・メルニコフ、「練習曲集」をロジェ・ミュラロ……と、ピアノ曲を複数の演奏者に分担させたのが特色で、ルガンスキーは「喜びの島」「2つのアラベスク」「ベルガマスク組曲」「レントより遅く」「版画〜第3曲《雨の庭》」「映像第2集」「ハイドンを讃えて」と、小曲の逸品集を任された。ラフマニノフの「前奏曲全集」で指摘した技と音色の冴えは相変わらず、いや、さらに洗練を加えているが、驚いたのは茶目っ気やユーモア、内面から滲み出る温かな人間性など、ロシア音楽を弾く際のギリシャ彫刻のような玲瓏さとは異なる音楽性が前面に出てきたことだ。


「極めて大雑把に分けて、過去の大ピアニストには2通りが存在した。グレン・グールドは素晴らしいバッハ弾きながらブラームス、ベートーヴェン、さらにはスクリャービンまで、何を弾いてもグールドであり続けた。これに対しスヴャトスラフ・リヒテルはバッハ、プロコフィエフ、シューベルト、ドビュッシーと対象が替わるたび、アプローチを変化させた。アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリのレパートリーはリヒテルより遥かに狭かったけれども、アプローチは作曲家ごと、すべて0(ゼロ)から構築していった。私は絶対、グールドではない方のタイプだと思う」。だからこそ、ルガンスキーのドビュッシーはラフマニノフとは大きく異なる趣をたたえている。


「ひとりの時間。旺盛な好奇心のおもむくままにピアノを弾き、楽譜を読み、ディスクを聴く……いくつもの異なる瞬間を積み重ねながらリサイタルのプログラムを考え、コンサートで聴衆とのコンタクトに浸る。ソロリサイタルのプログラムはだいたい年に2〜3種類を用意するが、どうやら自分は興味の対象が広すぎる上、なかなか『ノー』と言えない性格なので、すぐに新しいプログラムをつくってしまう」。目下は「オルガン曲からの編曲も含め、セザール・フランクの作品だけで1枚のCDを録音できないものか、検討中」という。


確かに、レパートリーは膨大だ。日本で演奏する機会はあまりないが「シューベルト、リスト、シューマンはロシアでよく弾いているし、ベートーヴェンの《ソナタ》も作品101、109、110あたりを今後、手がけたい。協奏曲では昨シーズン、ブラームスの2曲をテミルカーノフと繰り返し共演した。ベートーヴェンの第4&5番《皇帝》も頻繁に。録音ではアレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアとショパンの2曲、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団とグリーグを録音したところ」と、ロシア音楽以外の仕事もコンスタントに入っている。日本から帰国後、モスクワでの最初の演奏会ではヴァディム・レーピン(ヴァイオリン)らスター奏者を集めた臨時編成の弦楽四重奏団と共演してブラームス、ドヴォルザークそれぞれの「ピアノ五重奏曲」を弾く。ブラームスの方は初めて公開の席にかけるので、東京でもさらっていた。「日本でもブラームスの協奏曲、弾きたいなあ」。誰か、望みをかなえてくれるマエストロ、オーケストラはいませんか?


日本のオーケストラについても、意見を聞いてみた。「20年前は表現の発信が〝他動詞〟だったのに対し、最近は〝自動詞〟になってきた気がする。つまり(「秘すれば花」みたいに)心を閉ざした侍メンタリティーが解けて、楽員さん個々の声がより直接、ソリストに聞こえるような感じ。ますます、共演を楽しんでいる」と、面白い観察を聞けた。ジャケット写真はいつもクールな2枚目風だが、オフのときはボサボサの髪の毛、飾らないシャツのメガネ姿で現れ、音楽の意味するところを語り続ける。この真剣さが、たまらなく好きだ。




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