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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ソヒエフとN響の1月➕イヤホンガイド


NHK交響楽団(N響)の2019年1月定期演奏会はプログラムAとBがトゥガン・ソヒエフ、Cがステファヌ・ドゥネーヴの指揮だった。私はソヒエフ指揮で1月16日サントリーホールのBと、26日NHKホールのAを聴いた。1977年生まれの北オセチア人ソヒエフは2008年にN響と初共演して以来、5度目の共演。すでに肝胆相照らす仲となり、楽員たちから最も愛されるマエストロの1人だ。今回はAのベルリオーズの「交響曲《イタリアのハロルド》」の独奏を首席ヴィオラ奏者の佐々木亮に委ねるなど、信頼関係を一段と深めた感がある。


Bはフォーレの「組曲《ペレアスとメリザンド》」、ブリテンの「シンプル・シンフォニー」、リムスキー=コルサコフの「交響組曲《シェエラザード》」(ヴァイオリン独奏は第1コンサートマスターの篠崎史紀)。Aはリャードフの「交響詩《バーバ・ヤガー》」、グリエールの「ハープ協奏曲」(独奏はグサヴィエ・ドゥ・メストレ)、ベルリオーズの「交響曲《イタリアのハロルド》」(ヴィオラ独奏は首席の佐々木亮)。旧ソ連出身で現在はモスクワのボリショイ劇場音楽監督を務めながら、仏トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団の指揮も2005年から続けるというバックグラウンドから、ロシアとフランスの音楽にブリテンをワサビのように効かせたプログラミングとなったようだ。今年10月の次回客演でロシア、フランスをくっきり2分するのとは対照的なミックス・プログラムである。


ソヒエフはサンクトペテルブルクの指揮者教育の大家だったイリヤ・ムーシン最後の弟子の世代に当たり、同門のユーリ・テミルカーノフやヴァレリー・ゲルギエフらと共通する「ペテルブルク楽派」の解釈、再現テクニックを基調としながら、様々な文化圏の音楽に適応できる柔軟性を持ち味とする。「シェエラザード」ではペテルブルク音楽院でロシア管弦楽法を完成したリムスキーの正統な後継者を自認しているのか、温かく厚みのある弦楽器群を基調とする音づくりで聴かせた。この晩のN響は管楽器のソロが振るわず、残念。指揮者の個性と力量は意外や意外、ブリテンに最も良く表れていた。一方のAプロではロシア近代の作曲家、グリエールの協奏曲が出色。フランス人ながらバイエルン放送交響楽団、ウィーン・フィルとドイツ=オーストリア圏のオーケストラで首席ハープ奏者を歴任した後、ソリストに転じたメストレには何より、圧倒的な華がある。力強く美しく輝かしく、グリエールの隠れ名曲を21世紀東京のコンサートホールに蘇らせる力技すらが美しい。ステージマナーは陽気(in Englishがより適切な…)そのもの。基盤を共有するソヒエフとのハグは濃厚だった。あまりにぶっ飛んだ2人のステージマナーにつられ、普段は「しんねりむっつり」とも思えるN響定期の古参会員たちまでもが明るく熱狂的な反応を示したのは、興味深かった。


今年生誕150年のベルリオーズ。ヴィオラを協奏曲のソリストとしてとらえるか、交響曲の特異なソロとみるかで「ハロルド」の独奏の位置付けと評価は一変する。前半にメストレがソリストオーラを100%以上に全開したため、ただでさえ地味な印象が勝る佐々木に課せられたプレッシャーは相当のものだったに違いない。でも彼は、平常心の彼を貫いた。温かく深い音色で「チャイルド・ハロルド」の心象風景の描写に徹し、決して出しゃばらない。ソヒエフは佐々木の内容優先、ソリスト根性が皆無の独奏を積極的に生かし、ベートーヴェンの後継者としてのベルリオーズの古典的佇まいや音楽アイデアの方向性を丹念に掘り起こす路線に徹した。これはこれで、いい。振り返れば41年前の1978年11月、同じホールのN響定期で同じ曲をピエール・デルヴォーの指揮、当時の首席で佐々木の恩師に当たる巌本真里弦楽四重奏団の元ヴィオラ奏者、菅沼準二の独奏で聴いたことがある。当時と比べた日本のオーケストラの長足の進歩、ベルリオーズ像の変遷には感慨以上の何かがある。N響全員が佐々木の晴れ舞台を盛り上げようと、懸命。つくづく「明るい職場」になったと思う。


実は今回、NHK文化センター青山教室の「N響を100倍楽しむ」講座の話者を頼まれ、午前11時からのゲネプロ(ゲネラールプローベ=ドイツ語で「会場総練習」の意味)でイヤホン解説、さらに60分の講義をして、午後6時から本番も聴くという長時間労働を初めて体験した。参加者は15人。けっこう年齢層が分散していて、新鮮だった。ゲネプロの間はもちろん受講者のため、誠心誠意で解説したが、これが本番での自分の鑑賞にも役立つとは、思いも寄らなかった。いつもより、はるかに細かいところまで、きちんと聴けた。素晴らしい発見の1つは、ヴィオラの末席に退職楽員で「団友」の称号を持つ梯孝則(ピアニスト、梯剛之の父親)がエキストラで参加していたこと。客席には往年のコンサートマスター、堀正文もいて皆が皆、亮君の健闘に声援を送る態勢が心地よかった。写真は終演後、堀の祝福を受けていた時の佐々木の紅潮した表情。きっと2日目はもっと、大胆に弾けると確信する。

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