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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

カタリーナ演出、子どものためのワーグナー「オランダ人」@東京・春・音楽祭



大健闘の歌手たち(右から斉木、田崎、友清、金子、菅野、高橋)

昨年は新国立劇場の「フィデリオ」(ベートーヴェン)で演出家として長足の進歩を示した大作曲家の曽孫、カタリーナ・ワーグナー。2016年に本拠のバイロイト音楽祭で制作した「子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》」を東京・春・音楽祭2019のために自身で手を入れた。3月21日14時、23日と24日は11時と14時のそれぞれ2回の5公演。会場は上野公園ではなく、大手町オフィス街のど真ん中にある三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデンに設営した。全く偶然ながら昨年10月1日に私が独立開業した当日、元勤務先が設定した口座を個人業務用に変える手続きをしたのと同じ場所だ。子ども向けのダイジェスト版とはいえ、見事な楽劇の空間へと化けていたのには驚いた。


横長の空間。通路を挟んで下手側からダーラント船の甲板、オランダ人の船、ゼンタの部屋、オーケストラが配置され、観覧席と向き合う。題名役の友清崇、マリーの金子美香は日本の中堅歌手とスタッフが地道にワーグナーと取り組む「わ」の会のメンバー、ゼンタの田崎尚美と舵手の菅野敦は東京二期会が2016年9月に上演した「トリスタンとイゾルデ」で主役2人のアンダーを務めた実力派でともに福島県出身。ダーラントの斉木健詞は2005年の青いサカナ団「トリスタン」でキャスティング担当の私がマルケ王に抜てき、初めてワーグナーを歌ったという縁がある。エリックの高橋淳も健在ぶりをアピール。全員が体当たりの歌唱を眼前で繰り広げるため、子どもたちは生の声の迫力に圧倒され通し。指揮のダニエル・ガイスはバイロイト祝祭管弦楽団のチェロ奏者。山口裕之がコンサートマスターを務めた東京春祭特別オーケストラも実力者ぞろいで、正統派のワーグナーサウンドを奏でた。



カタリーナは3月15日の開幕式典(東京文化会館前)でも「子どものためのワーグナー」への思いを述べた

全体で約1時間のハイライト。それぞれのキャラクターと粗筋を説明するセリフだけが日本語、歌唱はドイツ語のままで対訳の字幕はない。だがボロ船の上にシートをかぶってお疲れ気味のオランダ人、腹ばいになってテレビでオランダ船の映像を食い入るように見つめ「ファイト、一発!」の立て看板みたいなオランダ人のフィギュア(友清の等身大の写真)に執着するゼンタ、自転車ライダーで糸車の代わりに車輪を回すマリー、どこにでもいる酔っ払いのおっさんみたいなダーラントと舵手、野菜を入れたリュックを背負い「イモ兄ちゃん」そのもののエリックなど、それぞれのビジュアルは日本の子どもにとっても、極めてわかりやすい。オランダ人との結婚の場面でゼンタが身にまとうのは白無垢の振袖で、日本趣味も取り入れた。最後の身投げと救済の処理もネタバレになるので詳述しないが、納得のいくオチだった。


子ども向けにも「読み替え演出」を仕かける真剣勝負と、敷居をできる限り低くして楽劇の世界を垣間見せようとする創意工夫に、カタリーナの強い意思と誠意を感じた。子どもたちの反応は歌手の動きに見入る、親に声への驚きを語る、オーケストラの音に関心を示す…など様々だったが、退屈して騒いだり、「帰ろうよ」とダダをこねる子は皆無。終演後は歌手との記念撮影に、長い列ができた。見送りに立っていたカタリーナに「歌も日本語にしようとの議論はなかったのか?」と質問してみた。「全く考えなかった。もちろんドイツ人の子どもにとっての母国語と、日本の子どもにとっての外国語との違いはあるけど、音楽的にきちんとしたものを眼前の迫力とともに提示すれば、自然にワーグナーの世界へ導けると確信していたから」とカタリーナは子どもたちの表情を観察しつつ、満足の表情で言い切った。

(3月23日11時の公演を鑑賞)



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