4人それぞれが首都圏の別オーケストラに所属しつつ、粘り強く活動を続けるウェールズ弦楽四重奏団(ヴァイオリン=﨑谷直人、三原久遠、ヴィオラ=横溝耕一、チェロ=富岡廉太郎)が東京・晴海の第一生命ホールで2019年から取り組んでいる全6回の「ベートーヴェン・チクルス」第5回を2022年2月12日に聴いた。
実際には最初の弦楽四重奏曲である「第3番作品18ー3」と最後の「第16番作品135」が前半、後半は「第8番作品59ー2《ラズモフスキー第2番》」という非常にバランスの良いプログラム。拙宅からは車で20分くらいのホールだが、今日は晩ご飯の約束があったので東京モノレールと都営地下鉄大江戸線を乗り継いだ。非常に接続が悪く1時間も費やし、開演時刻ギリギリに席に着くと、すぐに4人が出てきた。﨑谷が第3番第1楽章冒頭のソロを弾きだすと、それまでのバタバタした移動プロセスや遅刻しないかと焦りまくった気持ちが嘘のように消え、生まれてこのかた聴いたことがない不思議なベートーヴェンの響きに引き込まれた。
他の3人が加わっても、事情は変わらない。4人の力量に凸凹がなく、入念にリハーサルを重ねるのか、音色や音量の統一がとれ、全員が一つの美意識を共有している。かつて、オーケストラ奏者が〝片手間〟で演奏する室内楽にはアンサンブルが大雑把なまま、ひたすらガリガリと熱演、音の美感も緻密な内面の探求も疎かなものが少なくなかった。ウェールズの切り札は熱量や音量ではなく、弱音の類まれな美しさと集中力、どこまでもベートーヴェンの「心の震え」に迫ろうとする繊細な感受性にある。客席も消え入るような弱音に吸い込まれ、極限の静寂が支配する。純度の高さは聴き手、弾き手、書き手の間の垣根を取り払い、ベートーヴェンと一体の音の旅路を全員が同時に体験することになる。一種「無重力」状態の音の感触は、若いころ聴いたスヴャトスラフ・リヒテルのピアノにも一脈通じ、なかなか録音には収まらないものだとも思った。高度に洗練された演奏は間違いなく、世界水準だ。
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