ウィーンの若いヴァイオリニスト、ヨハネス・フライシュマンは自身の活動方針を貫く。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の財団の奨学金を得て、何度か日本ツアーのエキストラにも加わったが、オーケストラには属さない。代わりに子どもたちへの教育活動や学校でのワークショップ、「踊れるクラシック」を目指すクロスオーバー的ユニット「シンフォニアックス」など独自の領域に踏み込み、ウィーンの音楽遺産を次の世代に広めようと努める。
2019年1月8日、日経ホールの「第480回 日経ミューズサロン」でも「ニューイヤーコンサート」と題してピアノの村田千佳だけでなく、5人の女性ダンサー、4人の国際高等バレエ学校生を交え動きのあるステージを目指していた。昨年秋のオーストリア大使館内のクローズドイベントとは違い、フライシュマンの持ち味をはっきりと確かめる好機でもあった。
前半でクラシックのヴァイオリン&ピアノのデュオをじっくり聴かせ、後半はウィーン音楽中心の小品をダンス入りで楽しませる2部構成。シューベルトの「華麗なロンドD895」とR・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」は名曲中の名曲といえ、フライシュマンが紛れもなく、超絶技巧のヴィルトゥオーゾ(名手)養成とは違う角度から、室内楽やオーケストラに適した伝統奏法を授けるウィーンの音楽教育の申し子である事実を強く印象づけた。弱音のニュアンス、ほんのちょっとした歌い回しのエレガンス、楽曲に潜む人間の肉声あるいはオペラのアリアのような歌心の追求など、ロシアやアメリカの英才教育を叩き込まれた神童出身者とは異なる味わいに惹きつけられる。それは「ウィーン訛り」とも言える味わいだが、21世紀の音楽的洗練を十分に反映した最新モデルにヴァージョンアップされている。残念だったのは村田のピアノ。特に、シュトラウス若書きのソナタに求められる技巧やダイナミクスの再現に対応できるだけの音、フレージングを持ち得ないのが惜しまれた。
後半では村田もかつての留学先、ウィーンの音楽の呼吸を適確に踏まえた伴奏に徹し、前半ほどの停滞感はなかった。ブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」、J・シュトラウスII世のワルツ「南国のバラ」、アンコールの「美しく青きドナウ」はバレエ付き。さらにクライスラーの5曲と、当夜のためにノイエ・ヴィーナー・コンチェルト・シュランメルンのハーモカ奏者で作曲家・友人のヘルムート・スティヴィッチに委嘱した新作「素晴らしくて古くて新しい時間〜世界で最も活気ある夢の都ウィーン〜」の世界初演を通じ、過去から現在、未来を俯瞰したヴィーナリッシュ(ウィーン訛り)の世界を描き切った。思わず踊りたくなる拍の揺れ、甘美で陶酔的な美音の艶かしさは、フライシュマン最大の魅了だろう。もっともっと、面白いアイデアの展開が期待できる。数ヶ月ぶりに足を踏み入れた元勤務先のホール。右隣はかつての上司だった元副社長夫妻、左隣は1992年のカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを並んで聴いた元大家さんの家事評論家と、舞台に負けず劣らず濃い並び。
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