2019年6月17日、サントリーホール。日本フィルハーモニー交響楽団の第381回名曲コンサートは首席指揮者ピエタリ・インキネン、ヴァイオリン独奏ペッカ・クーシストのフィンランド人コンビによる「日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演」の一環として行われた。前半はシベリウスの交響詩「フィンランディア」と「ヴァイオリン協奏曲」、後半はドヴォルザークの「交響曲第第9番《新世界より》」、アンコールは再びシベリウスの「悲しいワルツ」だった。
深慮遠謀にたけたインキネン、一見ものすごくポピュラーなメニューを装いつつ、「フィンランディア」「悲しいワルツ」で今年4月のヨーロッパツアー、特に楽団初のフィンランド公演の成果をだめ押しした上、協奏曲は「若い楽団員とともに(創立指揮者・渡邉暁雄の)過去の遺産を葬り、新たなシベリウス像の1章を開いた」後の解釈に挑むという伏線を敷いた。「新世界から」も日本フィル桂冠名誉指揮者、小林研一郎の十八番で何度も演奏してきた結果、他の指揮者が振っても随所に「コバケン節」(恣意的な縮小拡大)の痕跡が残るが、インキネンは自身のプラハ交響楽団との演奏に比べても格段に早いテンポ、ハイテンションによる〝一筆書き〟戦法をとり、「節」の入る余地を与えなかった。インキネンは「今の日本フィルは、かなりハードなスコアやドライブにも対応できるだけの力が備わった」と自負、「楽団伝来」の定番に次々と大ナタを振るい、まさに新世界の音楽を実現している。
インキネンより4歳年長のクーシストが弾くシベリウスの協奏曲を聴くのは、フィンランド・ラハティ交響楽団の「第1回シベリウス・フェスティバル」、オスモ・ヴァンスカの指揮で聴いて以来19年ぶり。少年の面影を残した24歳の天才ヴァイオリン奏者は随分と恰幅がよくなり、頭上に「チョンマゲ」?が乗った。100周年記念行事のために来日したタルヤ・ハロネン前大統領(女性)が終演後、クーシストの頭上に手を触れた瞬間を私が写メ、「彼は日本で相撲取りを目指しているのです」と説明すると一同、大爆笑だった。ハロネンは4月2日のヘルシンキ公演にも来て下さったので、今や日本フィルの大事なお客様だ。
クーシストのヴァイオリンの音はスリムで透明、風や鳥のさえずりに匹敵する自然現象の趣がある。外向的なヴィルトゥオーゾ(名技)協奏曲と誤解されがちな作品を本来の内向ベクトルに戻し、澄み切った音色で作品の深層心理に迫る。肉体の生理や内面の心理がそのまま音になった独奏スタイルは今日、むしろ稀な部類に属する。10代から仲良しのインキネンは室内楽を奏でるような感じで呼吸を合わせる一方、力任せではない低弦や金管のニュアンスを究め、聴き慣れたはずの管弦楽に潜在する複雑系の響きを丁寧に引き出していた。フィンランド民謡とJ・S・バッハを一体にした無伴奏ヴァイオリンのアンコールは、作曲家ファミリーの一員であるクーシストの面目躍如。もっと知られていい名ヴァイオリニストだ。
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