• 池田卓夫 Takuo Ikeda

よこすか芸術劇場「幻」〜能「隅田川」と歌劇「カーリュー・リヴァー」一体


能の名作の観世十郎元雅(世阿弥の息子)作「隅田川」を1956年の来日時に観て触発された英国の作曲家、ベンジャミン・ブリテンはオペラ「カーリュー・リヴァー」を1964年に初演した。かたや日本の「南無阿弥陀仏」の仏教世界、かたや英国の「アーメン」のキリスト教世界と舞台を異にする。だが、奴隷商人に誘拐された一人息子を捜しに遠方から旅を続け、正気を失った母親が渡し舟の船頭から息子の死を告げられ、いよいよ狂乱する。それが正しく1年前の同じ日であり、皆がお経(あるいは聖歌)を唱えるなか、少年の亡霊が現れ母の魂を救う。オペラ版での狂女は、はっきりと正気に戻り、神による奇跡を際立たせる。


2作品を1公演で連続上演する試みは、とりわけ日本で盛んに行われてきた。私も2009年5月16日、大阪の住友生命いずみホールで岩田達宗演出、高関健指揮の上演を観た覚えがある。2020年10月18日、「幻(げん)」と命名したよこすか芸術劇場の2本立てが画期的に思えた最大の理由は、大劇場の形態が完全にヨーロッパの馬蹄形オペラハウスを踏襲し、多目的ホールや演奏会用ホール、演劇の劇場、能舞台などでは得られない独特の同化&異化の効果を発揮した点だ。これによって東洋の能→西洋のオペラの流れが際立ち、能のスタイリッシュな空間分割がピーター・ブルックやロバート・ウィルソンら西洋の演劇&オペラ演出家に与えた影響の一端にも想像が及ぶ。前日、横浜の神奈川県民ホールで観たプッチーニの「トゥーランドット」もヴェネツィアの劇作家、カルロ・ゴッツィが1762年に著したコンメディア・デッラルテ(仮面風刺劇)の戯曲を下敷きにしていたので、「時空を超えた演劇とオペラのジンテーゼ」を2日間にわたり、神奈川県内で満喫したことになる。


「隅田川」は観世喜正が演出と狂女役を兼ね、渡し守を森常好、旅人を舘田善博、梅若丸を観世の長女の観世和歌(10歳)が演じた。大鼓の亀井広忠をはじめ、能楽師チームも強力な顔ぶれ。「カーリュー・リヴァー」は彌勒忠史が演出、鈴木優人が音楽監督とオルガン、指揮を担当した。狂女にブリテンをライフワークとする鈴木准(テノール)、渡し守に与那城敬(バリトン)、旅人に坂下忠弘(バリトン)、修道院長に加藤宏隆(バス)霊の声に横須賀芸術劇場少年少女合唱団の町田櫂(11歳)を配し、8人の巡礼者たちも優れた若手歌手で固めた。器楽アンサンブルには上野星矢(フルート)、根本めぐみ(ホルン)、中村翔太郎(ヴィオラ)、吉田秀(コントラバス)、高野麗音(ハープ)、野本洋介(パーカッション)と、これまた強力なソリストが集まった。オペラ歌唱では感染症対策を考慮し、東京混声合唱団(東混)が開発&販売する通称「東混マスク」を着用した。音響面のハンディはあったかもしれないが、能のシテ方の仮面とマスクがシンクロし、独特の効果を発揮した。


彌勒と観世はよこすかの巨大な舞台空間に、野外劇を思わせる簡素な能舞台をしつらえ、プロジェクション・マッピングで川の水面や教会のステンドグラスを美しく映し出す。能の客からは「舞台がだだっ広い」、オペラの客からは「動きが乏しい」と思われるリスクは百も承知の上、「隅田川」と「カーリュー・リヴァー」を完全に一体の作品として、1つの大きな流れの中で観せた演出チームの見識と力量を積極的に評価したい。鈴木の憑依的歌唱と演技は傑出。自身が現役のカウンターテナー歌手で、よこすかのオペラ公演をけん引してきた彌勒は2人のバリトンの声質や音色の違いを巧みに生かすなど、隅々まで隙がなかった。


能、オペラそれぞれ80分の上演の間に休憩45分。向かい側のショッピングセンターが充実していて時間を持て余すこともなく、日曜の午後をたっぷり使い尽くした。これほどの上演がたった1日で終わってしまうのは、本当にもったいないと思う。

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