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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「生きている音楽」に生きる正戸里佳


2019年9月4日、赤坂アークヒルズで

ヴァイオリニストの正戸里佳は1989年、広島生まれ。2007年、正式の東京初リサイタルを開いた時に知り合ったきり、パリへ留学に出た後はコンタクトが途切れ、昨年(2018年)のメジャーCDデビューの折の取材で再会した。10年を超えたパリ暮らしを通じ、すっかり大人の女性に変身、自分の考えをしっかりと他者に伝える意思の強さを身につけた。今回、10月23日に東京文化会館小ホールでピアノの岡田将と開くベートーヴェン、ブラームスのリサイタルに先立つ取材も、単なるプロモーションを超えた対話の世界。正式のパブリシティは音楽之友社のWebマガジン「ONTOMO」に書くので、ここでは正戸の発言の中で印象に残ったところを抜き出し、あえて羅列する不思議なインタビュー記事をつくってみる。


「岡田さんは本質を究める人です。神戸や下関でベートーヴェンの『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』全10曲を弾き終え、東京では第9番『クロイツェル』と第10番に厳選、どうしても弾きたいブラームスの第2番を組み合わせました」


「世の中全体、演奏の傾向までデジタルになり過ぎていて、より精密に、綺麗に弾くことを求められ、すべてが比較の対象です。実際は『こういう風に弾かなければならない』という正解など存在せず、演奏する側と聴く側との間に1回ごとの『生きている音楽』が成立するので、あれこれ後講釈はできても、本当の比較はできません。ちょっとした部分での冒険、その瞬間に生まれた表現こそ生きた音楽であり、背後には自然や人間が必ず存在します」


「どんなに技術や社会が進歩しても、本質は変わりません。古典の解釈者として新しい試みに取り組む必要はありますが、クラシック音楽のメッセージの基本は『変わらないこと』です。現代の時間感覚がどうであろうと、地球の自転速度は変わらないのと同じです」


「ベートーヴェンの第10番は構成も割と自由で、自然界からの問いかけのようなつぶやきで始まります。『これは、こうだ!』と異論を排除するのではなく、何かを決めたり、主張したりするでもなく、新しい調和の心境が広がる作品です。第9番の『クロイツェル』にはまだ、ベートーヴェンの成功に対する気合いのようなものが残っています。ブラームスの第2番は、この作曲家にしては例外的ともいえる、幸せに満ちた温かな語り合いの世界です」


「最近のヴァイオリン〝業界〟ではテンポがどんどん上がり、表現の吟味がなされないまま、機械的なフレージングやスフォルツァンドが頻出します。ヴァイオリニストやヴァイオリン教師が満足しても、弱音の幅広いニュアンスは犠牲になるし、共演するピアニストや日ごとに音響が異なる演奏会場に配慮する感性などは、これでは磨かれてはいきません。コンクールの弊害も大きいと思います。芸術の継承に責任を持ち、アーティストどうしがしっかりと人間的なコミュニケーションをとり、お客様とも一体に呼吸して初めて、音楽は生きるのです。千差万別の可能性を前提にしなければ、現代の人々に古典を聴いていただく意味はありません。作曲家が今も生きていたら、世界の演奏家が瞬間瞬間に生み出すアイデア、新鮮な響きに接するたび、大喜びしてくださるはずです」


リサイタルの詳細→ https://rikamasato.com/infocon/info-59 (公式HP)





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