• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「これからも挑戦と進化を目指して」〜小曽根真、還暦を語る

最終更新: 1月18日


小曽根真 ©️Kazuyoshi Shimomura (AGENCE HIRATA)

ジャズ、クラシック、舞台音楽などのジャンルを楽しく超えてきたピアニスト、小曽根真(おぞね・まこと)が2021年3月25日、還暦(60歳)の誕生日を祝う。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界拡大(パンデミック)が収まらない状況下にも多彩な発信を続け、今年は還暦記念アルバムと新曲を連動させたツアー、積極的なクラシック演奏会への出演などを通じ「音楽で人の役に立ち、自分も嬉しくなる」人生のアクセルをさらに踏む。


2020年12月6日、大分県竹田市総合文化ホール「グランツたけた」で小曽根のソロを聴いた。私は午後2時開演に先立ってアーティストの音楽、人柄などの魅力を語る「小曽根真を10倍楽しむ音楽講座」の講師。首都圏ではジャンル横断のオーケストラコンサートをはじめ、手の込んだ企画物を聴くことが多いから、大ホール(廉太郎ホール)にハンブルク・スタインウェイのフル・コンサートグランド・ピアノ1台、PA(音響補助)なしのソロに接する機会は貴重だ。小曽根は同地ゆかりの作曲家である滝廉太郎の「荒城の月」の主題に基づく即興、大分県出身&在住のシンガーUtaをサプライズゲストに呼んでのコラボレーションなど一期一会の趣向を通じ、客席の心を深くつかんでいく。舞台袖で話してくれた若い日のエピソードーー「オーケストラのリハーサルに数日を費やすクラシックと違い、ジャズは〝乗り打ち〟(連日異なる街に移動しては本番を繰り返す)なのでメンバー全員、ゲイリー・バートンのような大物も新人も交互にハンドルを握り、車で移動するのが当たり前でした」ーーともども、行く先々の気候風土や人々の醸し出す雰囲気を敏感にキャッチして、この日、この場所でしかできない音楽を紡ぐ「現代の吟遊詩人」の姿が、そこにはあった。


「僕もまったく、その通りだと思います。ジャズの即興は、変わるのが当たり前。モーツァルトだって譜面通りには弾きませんから、毎回、違います。ホールの音響、照明の具合、お客様の雰囲気のすべてが、その日の表現をつくるのです。私に大きな影響を与えた作家&劇作家の井上ひさしさんは、よく客席を指さして『あそこに集まった人々と僕たちは、運命共同体なんだ』と言っておられました。たったの2時間だけど、みんなで手を叩いたり歌ったり笑ったり泣いたり…で、ミラクル(奇跡)の時間が現れます。僕が弾く、人々が幸せになる、一所懸命やって結果を出すーー怖さとワクワク感の間で夢中になるうち、自分も楽しくなり、元気が出るのです」


昨年2月26日、安倍晋三前首相が会見ではなく談話の形で「イベント自粛」を要請したのを境に音楽界の様相は一変、吟遊詩人が各地の人々と触れ合い、一期一会の生の音を奏でる機会も長く奪われた。小曽根は妻で女優の神野三鈴や気心通じた音響スタッフ、ピアノチューナー(調律師)らの協力を得て、神奈川県鎌倉市の自宅での生演奏「Welcome to Our Living Room」を緊急事態宣言発令2日後の4月9日から連続53日間、オンラインで発信し続けた。最終日だけは東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールに機材を持ち込み、「ホールこそが音楽家のホーム」と1日も早いコンサートの再開を期し、無観客で弾いた。


「53日も続け、さすがに最後は手が疲れたものの、日増しに多くの皆さんがコメントを書き込んでくださったこともあり、ものすごく元気を授かりました。音楽のなせるワザです。アーティストも聴き手も、もう一度『音楽って何だろう?』と問い直し、認識を新たにしたのではないでしょうか。経済面でも『チケットを買うだけの需要は確かに存在する』と、立証できたように思います。COVID-19はとてもパワフルで、今まで誰もなし得なかったほど、世界の動きを一瞬で止めて非日常、いわば有事をもたらしました。世界の全員が動けなくなって、為政者は時間との闘いに追いまくられる一方、普通の人々も、もう一度『大切なものとは何か』を考えざるを得なくなった点で、チャンスとみることもできます」


自身の人生も音楽もピアノも、みつめ直した。

「大事なのは優劣、マルバツ(✖️)ではなく、生き方だと思います。基本は、自分が大事か、自分の周りが大事か。自分よりも音楽が好きなのが、音楽家です。僕は弾くのが好きなので、弾き出せばピアノも音楽も、もっと好きになる。自分が好きな人は幸せですが、嫌いな人もいる。光と影は常に存在していて、影が悪いという訳でもないーーじいっと考えていると、色々なものが見えてきます。その中で小曽根真は、何をやるべきか? 『人の役に立つ』です。僕が好きなことをやって幸せになれば、人が喜び、自分もまた嬉しくなるという循環です」


21世紀に入ってからの小曽根はクラシック音楽に表現の領域を広げ、世界各地の交響楽団との共演も増えた。

「ジャズのメンバーとは話し合いで段取りを決めますが、クラシックには楽譜があります。指揮者、楽員それぞれとコンタクトする瞬間を逃したくないので、ソロのパートだけでなくスコア(総譜)全体を暗譜して臨み、コラボレーションを組み上げていくのです。オーケストラが違えば音色も呼吸も異なるし、せっかく大勢で集まって演奏するのですから、最大限に楽しく、自由な何かをつくりたい。モーツァルトはそれに最も適した作曲家ですが、ベートーヴェン以降はなかなか手ごわい。自分のカデンツァ(協奏曲の途中で管弦楽が休み、独奏者だけで演奏する箇所)を弾こうにも、ベートーヴェンの場合は彼の自作があって『これ以上イイ音はないぜ』『どう変えるのか、やってごらん』と挑みかけてくるし、管弦楽と一体の部分でも下手にアドリブを加えれば安っぽくなってしまいますから、厄介です」


最初に公開で演奏した古典のピアノ協奏曲は、モーツァルトの「第9番変ホ長調K.271《ジュノム》」だった。

「たいていの協奏曲には長い管弦楽の序奏がありますが、僕は待ちきれない(笑)。《ジュノム》なら、オーケストラが1小節弾いただけで即ソロが入るので、『いける!』と思いました」


今年2月末から3月初めにかけての小曽根は「東芝グランドコンサート2021」に出演、トマス・セナゴー指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団と全国3か所で《ジュノム》を弾く予定だった。だが、新型コロナウイルス変異種が英国で発見されたのを受け、中止が決まった。実は、小曽根の《ジュノム》とスコットランドの間には〝前史〟があった。

「僕より6歳下のサクソフォン奏者で友人、トミー・スミスはスコットランドの首都エディンバラ出身です。貧しい家の出身ですが早くから才能を現し、音楽の先生が呼びかけた奨学金でボストンのバークリー音楽院に留学、僕と知り合いました。スコットランドを代表する名優、ショーン・コネリーも多額の資金を提供したそうです。卒業後はグラスゴーへ戻り、ロンドンに比べれば層の薄いスコットランドのジャズシーンに喝を入れようと音楽院のジャズ科を立ち上げ、学生も巻き込んでスコティッシュ・ナショナル・ジャズ・オーケストラを組織しました。2014年4月にグラスゴーへ招かれ、僕がビッグバンド用に編曲したスコアの《ジュノム》を共演、ライヴ盤も出ています。あれこれ手を加え、50分の長さです」


同じグラスゴーのクラシック楽団との《ジュノム》を聴く機会は先に持ち越されたが、3月25日の誕生日は確実にやってくる。当日の東京・サントリーホールでのソロを皮切りに、全国47都道府県すべてで「OZONE60」と銘打った記念プロジェクトを展開する予定。2020年11月末には茨城県の水戸芸術館コンサートホールATMで4日間のセッションを組み、ディスク2枚組の還暦記念アルバム(ユニバーサルミュージック)を録音した。

「自宅のスタインウェイ、ヤマハCF-Xのグランドピアノ2台を持ち込みましたが、ここでもボーダーレスを意識しました。普通ならクラシックにはスタインウェイ、と考えたりもするのでしょう。確かにモーツァルトやプロコフィエフ、モシュコフスキはスタインウェイですが、ラヴェル(《ピアノ協奏曲》第2楽章のソロ編曲版)にはヤマハを選びました。アルバムは1枚目がクラシック、2枚目が書き下ろしの自作になります。僕は結局、自分の思いつきに周りを巻き込み、好きなことを楽しくやる迷惑なアーティスト。変な音楽家はたくさんいるけど、『お前が一番変だ!』と言われれば、僕は、それまでです」


本人は謙遜で煙に巻くが、他者の目が届かないところで猛烈な努力を重ねてきたことは確かだ。1983年録音のデビュー盤「OZONE」(旧CBS=現ソニーミュージック)では、驚異のテクニックと音楽性を備えたジャズピアノの大型新人を印象付けたが、クラシックへの進出に際しては、自身の奏法をさらにパワーアップしている。

クラシックを弾き始めた当時、PAを入れない大ホールで、フル・コンサートグランドを鳴らしきるだけの打鍵力が、僕にはないように思えました。何年もかけて奏法に工夫を重ねた結果、最近ようやく、オーケストラと渡り合えるだけの打鍵や音圧を得ることができるようになってきた気がします


グランツたけた廉太郎ホール備え付けのスタインウェイは、大分県の世界的音楽イベント「別府アルゲリッチ音楽祭」の総合プロデューサー、ピアニストの伊藤京子が選定したもので音の状態がいい。小曽根は何の不自由も不安もなく鳴らしきったばかりか、彼にしか出せない音色、グルーヴ感(ノリの良さ)で楽器の新しい魅力まで引き出した。ジャズもクラシックも一体のOZONEワールドは還暦以降、ますますの異彩と輝き、チャームを放っていくことだろう。


※昨日(2021年1月7日)公開の初稿の一部に、小曽根真さんご本人の意図と異なり、誤解を招く箇所がありました。訂正の上、上記のように更新させていただきました。

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