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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「タンホイザー」「トリスタン」「ローエングリン」「パルジファル」の名古屋


20分の休憩はさみ18時30分終演

名古屋を核とする中京圏では、早くからアマチュア・オーケストラの文化が栄えてきた。2005年の愛知万博を機に大合同、愛知万博祝祭管弦楽団として旗揚げしたチームはマーラープロジェクト名古屋管弦楽団、ワーグナープロジェクト名古屋管弦楽団、愛知祝祭管弦楽団と名前を変え、2016ー2019年にはワーグナー「ニーベルングの指環(リング)」全4部作の演奏会形式上演を成功させた。昨年は2日間で「リング」抜粋を演奏する予定だったが、コロナ禍で中止に追い込まれた。今年は感染症対策に入念を期し、愛知祝祭合唱団、ソリスト5人とともに「タンホイザー」「トリスタンとイゾルデ」「ローエングリン」「パルジファル」の抜粋からなるガラスペシャル「リヒャルト・ワーグナー名場面集」を2021年8月15日、愛知県芸術劇場コンサートホールで演奏した。指揮は音楽監督の三澤洋史。


キャスティングはエリーザベト、ヴェーヌス、イゾルデ、エルザが池田香織、ブランゲーネ、オルトルート、クンドリーが三輪陽子、タンホイザー、トリスタンが菅野敦、ローエングリン、パルジファルが大久保亮、ヴォルフラム、クルヴェナル、テルラムント、グルネマンツ、クリングゾルが初鹿野剛。全員がフル稼働で複数の役を描き分けるなか、代役も引き受け、本来のレパートリーではないエルザまで歌ったメゾ・ソプラノ、池田の奮闘はひときわ光った。もちろん全曲上演の経験があるヴェーヌス、イゾルデも申し分ない。その東京二期会上演でカバーに入っていた菅野が晴れて歌ったタンホイザー、トリスタンは言葉のニュアンスを大切にして、力で押すよりも音楽のスタイルに即した再現だった。対する大久保のローエングリン、パルジファル。持ち声の豊麗さでは菅野を上回る半面、いくぶん棒歌いで2役の描き分けに工夫の余地がある。三輪と初鹿野は愛知祝祭管との共演歴も長く、どの役も堅実な歌唱、とりわけ「パルジファル」で底力を発揮した。合唱は人数を絞り、マスクを着けて歌うというハンデと闘いながらも名指導者、三澤の適確なリードを得て健闘した。


三澤の指揮は直球勝負でグイグイ、オーケストラを引っ張っていく。随所にためをつくり、ワーグナーの〝毒〟に巻き込むのではなく、ストイックな没入で情景をリアルに語り続けながら、一貫した流れを生む行き方だ。おかげで3時間半の時間の長さ、重さを感じず、音楽の面白さ、美しさ、独自性、そして何よりワーグナーの創作の軌跡をパノラマのように楽しむことができた。オーケストラはアマチュアとはいえ、かなり豊穣なワーグナー体験を積んできており、ゴージャスなサウンドを随所で発揮する。オペラ、とりわけ声との絡みが好きで仕方ないようで、序曲や前奏曲で時にみせたアンサンブルの乱れや音程のズレが歌の入った途端ビシッと引き締まり、声と隙なく一体化しながら雄弁な響きを紡いでいく。公演成立までに関係者が払った努力、注意は並大抵ではなかったと思われるが、素晴らしい演奏に成就して本当によかったし、こちらも逡巡の末に予定通り名古屋まで出かけた甲斐があった。


来年は同じホールで8月28日、「トリスタンとイゾルデ」全曲に挑む予定という。



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