• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「ザルツブルク音楽祭(祝祭)2019」~古代神話と現代の対比、鮮やかに提示

最終更新: 2019年9月5日


ザルツブルクを発つ朝、ホテルのベッドに取材した全公演のプログラムを並べてみた

オーストリアのザルツブルク音楽祭を6年ぶりに取材した。当時の社業の要請で指揮者のクラウディオ・アバドと会って話すため、最初に足を踏み入れたのが1990年。ドイツから帰国して27年にもなるので、もう出かけることはないと思っていたが、ケルビーニの「メディア」やエネスクの「エディプス王」など、日本での全曲舞台上演をあまり期待できないレアなオペラを短期間に集中して観る好機に居ても立っても居られなくなった。定年退職と同時にフリーランスとなって最初の夏休みでもあり、「音楽の友」誌特約の条件でザルツブルクの広報本部長で長年の友人、ウラ・カルヒマイヤーにプレスチケットを申し込んだ。「Kein Problem!(問題ないわ)」と嬉しい返信。7泊でオペラ4本、コンサート3本を取材した。途中で名匠ヴォルフガング・サヴァリッシュの墓参と自宅を改造して講習会や演奏会に活用しているヴィラの見学を済ませ、あとはザルツァッハ川沿いを毎朝30分ほど走り、ホテルのサウナで休み、部屋で原稿を書き続けるという理想の1週間を過ごした。


※ザルツブルク音楽祭2019の詳報拙稿は、「音楽の友」誌2019年10月号(9月18日、一部地域では19日の発売予定)に執筆。ご一読いただけましたら、幸いに存じます。2018年10月1日のHP開設後、1年間はすべてのレビューを当ページ優先で公開してきましたが、1年を経過した時点で、他媒体から執筆を依頼されたテーマに関しては、HPの記載を簡略化する方針です。ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。


オペラ①「イドメネオ」(モーツァルト)=2019年8月6日フェルゼンライトシューレ、ピーター・セラーズ演出、テオドール・クルレンツィス指揮フライブルク・バロック・オーケストラ

今年2月、ロシアの「マイ・オーケストラ」のムジカ・エテルナと初来日した際は王道よりも抵抗者のカウンターカルチャーを印象付け、必ずしもバランスの良いシンフォニー指揮者とは思えなかったクルレンツィス。ドイツのピリオド楽器アンサンブルを相手に、どのようなオペラ指揮をするかに興味は集中した。結果はペルミ歌劇場から連れてきた自身の合唱団ともども、実に見事だった。モーツァルトが当時のドイツ語圏最高のシェイクスピア俳優、エマヌエル・シカネーダーと出会い「台本の大切さ、特に政治的メタファーの持つ意味を最初に意識した転換期のオペラが『イドメネオ』だった」と私に教えてくれたのはドイツのベテラン演出家、ミヒャエル・ハンペだが、それはやり方次第ではNYメトロポリタン歌劇場でプラシド・ドミンゴが題名役を演じるグランドオペラの世界に膨張&飛翔する(それはそれで、まるで悪くはない)。セラーズとクルレンツィスによる処方箋は18世紀音楽のささくれ立った生気を残しながらも、巨大な意味論を与えた優れものだった。


セラーズの新演出は題名役ラッセル・トーマス、イダマンテのパウラ・ムーリー、イリアのイン・ファン、エレットラのニコル・シュヴァリエらジェンダーや人種の肌色の差を際立たせた配役と、「コーラスライン」を思わせる群集劇を通じ、コミュニケーション不毛の時代においても絶対に追求すべき「融和」の大切さを強く訴え、「移民を引き金とした政治不安の時代」のヨーロッパに一石を投じた。全員がクレンツィスの生む球体の弾力性を備えた音楽の渦に巻き込まれて強いアニマを放つなか、「世界は1つ」というモーツァルト以来の人類の理想~それは今も達成されていない~を横長のフェルゼンライトシューレの舞台に押し広げてみせた。力技にはもはや、疑いもない。実力者2人の横綱相撲だった。


オペラ②「メディア」(ケルビーニ、フランス語版)=8月7日祝祭大劇場、サイモン・ストーン演出、トーマス・ヘンゲルブロック指揮ウィーン・フィル

南半球オーストラリアの劇作家・演出家・映像作家のストーンは世代的にセラーズより若く、ギリシャ劇を現代の愛憎劇に読み替えた。題名役のエレナ・スティキナ、ジャゾーネのパヴェル・チェルノク、クレオンのヴィターリ・コワリョフ、ディルチェのローザ・フェオーラら実際のキャストが予めザルツブルク一帯でロケしたモノクロームの映像にも出演し、舞台を古代ギリシャから現代のオーストリア、登場人物を王族からITか何かの起業で成功した成金の男女に移し「セックス・イン・ザ・シティ」風のソープオペラを繰り広げる。


昨年夏のボルドー近郊、キャプ=フェレの小さな音楽祭で一きわ目立っていたフランス人メゾソプラノ、マリー=アンドレ・ブシャール・レジュアがディルチェ第2の侍女を演じてザルツブルク音楽祭にデビュー、期待通りの演唱で気を吐いていたのは、ただただ嬉しかった。


もちろん下敷きには20世紀後半屈指のディーヴァ(歌の女神)、マリア・カラスが初めて映画に出演、メディアを演じたピエル・パオロ・パゾリーニ監督の「王女メディア」の存在があり、ストーンなりのリスペクトも感じた。実際の舞台は上下2層の構造で、それぞれの登場人物が自己の世界に溺れる様を克明に描く。帰国したメディアが空港でテレビクルーのインタビューを受ける横をおなじみ、赤いストッキングのオーストリア航空のCAが通りかかるといったリアリズムは映像だけでなく、舞台の随所に仕掛けられている。


男どもを拒み、再会した2人の娘を殺し、自らも命を絶つ結末。メディアはガソリンスタンドで2人の娘に飲み物を渡してぐったりさせ、車にじゃぼじゃぼガソリンをかけ、子どもを車内に押し込んだ後、自らも車内に入って着火、炎上させて幕。読み替え新演出としてはかなり上等な出来栄えながら、京都アニメーション放火事件の記憶が生々しい日本人には少し、刺激の強すぎるヴィジュアルだった。キャストに大型スターはいないものの、キャラクターに沿って優れた歌と演技を披露した。ヘンゲルブロックの指揮はピリオド奏法を踏まえ、鋭いアタックと強い推進力でケルビーニの音楽のみずみずしさを隅々まで引き出しつつ、ウィーン・フィルの音色も十全に生かしていて、うれしい大誤算だった(すみません、彼のイタリア歌劇に余り、期待していなかった)。


オペラ③「アルチーナ」(ヘンデル)=8月8日ハウス・フュア・モーツァルト、ダミアーノ・ミキエレット演出、ジャンルカ・カプアーノ指揮レ・ミュジシャン・ドゥ・プリンスーモナコ

メゾソプラノのチェチーリア・バルトリが音楽監督を務めるザルツブルク聖霊降臨祭(フィングステン)音楽祭で今年5月に初演した新演出、夏の音楽祭での再演。題名役のバルトリのバロック歌劇にかける情熱がひしひしと伝わる、迫真の舞台だった。ルッジェーロのフィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)、モルガーナのサンドリーヌ・ピオー(ソプラノ)ら共演にも名歌手をそろえた中、大人の歌手が担うことも多いオベルト役でウィーン少年合唱団員の恐らく韓国系、シェーン・パークがヘンデル独特のアジリタ(装飾音型)まで巧みにこなし、喝采を浴びた。


ミキエレットは日本でも新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」、東京二期会「イドメネオ」「プッチーニ三部作」の演出を手がけ、才気煥発のアプローチを高く評価されている。実は魔女のアルチーナが繰り広げる18世紀流儀の「魔法オペラ」の荒唐無稽から、現代人に通じるメッセージをどう引き出すか? さすがの才人も第1幕は攻めあぐねていたが、次第に調子を上げ、年老いたアルチーナの助演(黙役)と魔法で若返っているバルトリをドッペルゲンガーのように対比させ、いかにも中欧のシックなホテルのダイニングルームの真ん中に曇りガラスの間仕切りをしつらえ、見せかけと実態を絶えず同時に意識させる。プロジェクションマッピングなど最新のテクニックも使いながら、アルチーナの破綻を丁寧に描いてみせた。


カプアンノ(NHKイタリア歌劇団時代のマエストロ、フランコ・カプアーノとはもちろん別人だが、何となく紛らわしい)が指揮するピリオド楽器のアンサンブルは輝きと哀愁に満ち、きめ細やかな感情表現の綾に魅了される。長いことピットはウィーン・フィルの指定席で国立歌劇場が夏休みの間、ザルツブルクで連日の演奏会、オペラに出演するのはかなりの重労働だったはずで、時には粗雑、気の抜けたような演奏に怒り半分、同情半分の複雑な思いを抱いてきた。最近は「アルチーナ」「イドメネオ」のような作品をピリオド楽器の合奏に委ねる傾向が顕著となり、ウィーン・フィルの義務が軽減された結果、ヘンゲルブロックや次の「エディプス王」のメッツマッハーら、楽友協会(ムジークフェライン)ホールの残響過多空間では持ち味を発揮しにくいマエストロがザルツブルクのレアなオペラで、目覚ましい成果を上げるようになったのは喜ばしい。ピリオド楽器アンサンブルの不ぞろいで繊細な音色美は同じ旋律を複数回繰り返し、現代の間尺に合わないダ・カーポ・アリアにモダン楽器よりも多くのニュアンスを与え、全く飽きさせなかった。



演出家フライアー自身が制作した「エディプス・コンプレックス」のインスタレーション

オペラ④ 「エディプス王」(エネスク)=8月11日フェルゼンライトシューレ、アヒム・フライヤー演出、インゴ・メッツマッハー指揮ウィーン・フィル

長く「名作」と言われつつ、一度も聴いたことがなかったルーマニア出身の作曲家で指揮者、教育者、ピアノとヴァイオリンの名手だったマルチタレント、ジェルジ・エネスク(1881-1955)の叙情劇「エディプス王」の実演を遂に体験した! 今年のザルツブルク音楽祭はエネスクをテーマ作曲家に掲げ、後述する室内楽演奏会などでも隠れた名作に光を当てた。


「エディプス王」もギリシャ悲劇であり、父王の殺害犯を探すうち、それが自分であると知ったエディプス王が母との危険な関係、父への思いなどから精神の平衡を失って自身の目をくり抜き、暗黒と狂気の中で天に召されていく。青年の血気と正義感、権力者の暴走と孤独、真実に目覚めた後の葛藤と破綻、状況に応じて残酷に変化する人間関係…。エネスクの音楽は同時代の前衛的な作曲技法を駆使しながら錯綜した心理の襞に寄り添い、ところどころで強烈に劇的な効果を上げて、並外れて感動的。緊張は一瞬も途切れない。エディプス王のクリストファー・モールトマン、ティレシアスのジョン・トムリンソンら歌手たちも渾身の熱演で作品の再評価を迫る。


フライヤー演出は後の時代の19世紀末、ウィーンに現れたユダヤ人の心理分析学者のフロイトによって「エディプス・コンプレックス」と名付けられた複雑な心理状態の起承転結を日本のアニメーション、劇画にも通じるファンタジーワールドのなか、一抹のユーモアも交えながら優しく丁寧に描いた。肉襦袢をまとっている太っちょボクサーのエディプス、天井から下がってくる吊り物はサンドバックのパロディーなどなど、一見キッチュなキャラクター設定は最初から最後まで一貫しつつ、最後は自然と人間を礼賛する正義の懐(ふところ)へと帰依するエディプスの孤独、本来の愛すべきキャラクターに大きな共感を寄せる。フェルゼンライトシューレ独特の構造を生かしきった点でも、練達の仕事ぶりといえた。エディプス・コンプレックスを視覚化した、フライヤー自身が制作したインスタレーションも初日の数日前、劇場入口の壁面に設置された。それは多くの色彩、ごちゃごちゃした形状をとりながら妙な統一感があり、人に優しく語りかける不思議な造形物だ。


メッツマッハーの指揮は「メディア」のヘンゲルブロックに匹敵するかそれ以上、ウィーン・フィルが「中欧エスニック」音楽に対してア・プリオリ(先験的)に抱くアフィニティ(親和度)の根源にまで踏み込み、激しい感情の起伏を燃えるような響きで再現、超本気をみせた。極端に横長のフェルゼンライトシューレをフルの舞台に使いきり、強い求心力を可能にしたフライアー、メッツマッハーの共同作業は今回ザルツブルク音楽祭で観たオペラ中でも白眉といえる上演だった。


室内楽演奏会「Zeit mit ENESCU(エネスクとの時代)」=8月9日モーツァルテウム大ホール、ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)、ジュローム・シレンメ(同)、アドリアン・ラ・マルカ(ヴィオラ)、エドガー・モロー(チェロ)、ニコラ・アンゲリッシュ(ピアノ)

恥を忍んで告白しよう。日程表でヴィオラのマルカ、ピアノのアンゲリッシュの名前の綴りをボーッと眺めながら「マルタ・アルゲリッチの室内楽」と錯覚、申し込んだ演奏会だった。逆に言えば、もし正確に名前を読めていたらパスした演奏会だったかもしれないので、ここは自分の早とちりに感謝しよう。とにかく後半、今年のテーマ作曲家であるエネスクの破格の傑作「ピアノ五重奏曲」作品29を生まれて初めて聴けた喜びは、うかつ者にしか得られなかったはずだから。


前半はカピュソン兄とアンゲリッシュ、鉄板の室内楽コンビによる壮絶なデュオ。フォーレの第2番とブラームスの第3番、奇しくも「作品108」のコードネームを共有するヴァイオリンとピアノのための短調ソナタ2曲をたっぷり1時間、「フェスティバルだけの有名演奏家の一期一会、最小の練習時間で最大の効果狙いの大言壮語逃げ切り演奏」(と、私が苦虫を噛み潰す演奏会の実に多いことか!)の真逆に位置する密着度の高いアンサンブル、スルメの味わいを堪能した。


後半のエネスクは1940年作曲ながら第二次世界大戦のどさくさで演奏機会を逸し、初演はエネスクの死後9年を経た1964年のブカレスト。3楽章構成だが、第2~3楽章はアタッカで演奏されるために巨大な2部構成にも聴こえ、演奏時間は35分を超える。シューマンの同じ編成の作品に共通するロマンの飛翔が次第に翳りを深めつつ、同時代の前衛作曲家が試していた先端的技法も視野に入れ、ダークな和声が独自の色彩感を放ち始める。ホロコーストと核兵器が象徴する未曾有の大戦への予感か、楽想は概ね絶望に支配されつつ、最後は諦念より未来への希望を感じさせ、絶対に「軽さ」を失わない筆致は、奇跡のバランスに支配されている。名手5人は持てる力を出し切った。


モーツァルト・マチネ=8月10日午前11時モーツァルテウム大ホール、アンドルー・マンゼ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団、フランチェスコ・ピエモンテージ(ピアノ)

→オール・モーツァルトで前半が「ディヴェルティメントロ長調K(ケッヘル作品番号)137」と「ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K595」、後半が「交響曲第40番ト短調K550」。対抗配置で弦は8・6・5・4・3の小編成で、協奏曲と交響曲のホルンはバルブ無しのナチュラル管だった。マンゼは自身が優れたバロック・ヴァイオリニストで、故クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント管弦楽団、トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンソートなど英国のピリオド楽器演奏界のヤングエリートとして頭角を現した。やがて指揮に進出、「これは案外、マエストロの道へ進むのではないか」と確信したのはジェイムズ・エイネスのソロ、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団と録音したベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」の新録音を聴いたときだった。


果たして、時として「作曲家の生誕地」という地の利にあぐらをかき、モーツァルト管がひどくヌルい演奏をしがちな「モーツァルト・マチネ」の光景をマンゼは一変させた。どこまでも激しく熱く、まだ30代後半の作曲家が表現した死への恐怖よりは生への渇望、燃え尽きる寸前のロウソクの炎のような激しさを基本モダン楽器のオーケストラとともに、徹底的に描いてみせた。イタリアのスターピアニスト、コンクール優勝歴も豊富なピエモンテージもヴィルトゥオーゾ(名手)の力技を潔く封印してマンゼと美意識を共有した。真珠を思わせるタッチと鳥のさえずりのような装飾音を通じてモーツァルトのLeichtigkeit(軽やかさ)をどこまでも慈しみ、深い境地に進む。2人に共通するのは「真に意味のある弱音には芯があり、よく聴こえる」ということだ。


アンコールはシューベルトの「即興曲作品142の2」。先ほどまでの天使の微笑は一転、極限の孤独世界との対話に沈潜した。こういう演奏家に接すると、「欧州へ戻ってきた」と実感する。


ゲストオーケストラ(ORCHESTER ZU GAST)=8月10日午後8時30分フェルゼンライトシューレ、ジョナサン・ノット指揮オーストリア放送協会(ORF)交響楽団、アントワーヌ・タメスティ(ヴィオラ)

東京交響楽団とスイス・ロマンド管弦楽団音楽監督を兼任する英国人指揮者、ジョナサン・ノットを知ったのは今から30年ほど前、まだ西ドイツ時代のフランクフルト・アム・マインに経済記者として赴任した時期、フランクフルト市立劇場オペラ(フランクフルト歌劇場)の音楽スタッフに「素晴らしい英国人ピアニストが入った」と知った時だった。当時の音楽総監督(GMD)、ガリー・ベルティーニが指揮者の才能を見抜いて以来、往年のドイツ人カペルマイスター(楽長)に匹敵する修業を積み、ドイツ語圏を代表する名指揮者の地位に上り詰めた。しかしながら、その音楽性の基本はオックスブリッジ系の英国教養趣味にあり、知的に練り上げられたプログラムの全体に「1つの作品」のイリュージョンをもたらすエンサイクロペディストぶりは、日本の皆様もご存知の通り。そのジョナサンが、ジャパン・アーツ仕切りの日本ツアーでは「ウィーン放送交響楽団」を名乗りフィルハーモニカー、ジンフォニカー(ウィーン交響楽団)に次ぐ第3のオーケストラであるORF響をどうドライブするのか、ザルツブルクで受けるのか、興味は尽きなかった。


前半はルチアーノ・ベリオ1984年の作品、ヴィオラと2群の器楽集団のための「ヴォーチ」(フォーク・ソングズⅡ)で、前日のカピュソンの演奏会を聴きにきていたフランスの後輩、アントワーン・タメスティが独奏した。後半はあっさり?、マーラーの「交響曲第1番(巨人)」で全面展開(私とのインタビューで、全学連〝ファン〟だったのがばれたベリオに敬意を評し、1960~70年代日本の学生運動で一世を風靡した言葉、一点突破&全面展開を援用した。まにあっく、笑)。ベリオはゲンダイオンガクらしく始まりつつもイタリア人、遊び心とカンタービレの爆発は隠せず、半端ない緊張感と美しさ、エスニックな感触が同居する怪物音楽である。休みなくソロを弾き続けるタメスティは冷静さを失わず、集中力に富む。いつしか無我の桃源郷へと聴き手を誘う妙技に対しては、絶賛以外の言葉が思い浮かばない。


「巨人」の愛称で呼ばれることが多いマーラー最初の交響曲。対向配置のヴァイオリン2群、入念なリハーサルを行いつつも本番では一瞬一瞬のドラマの誕生に賭け、大胆な即興に打って出るノットの基本姿勢はvs東響でもvsORF響でも、まったく変わりがない。ところが、結果として立ち上る響き、音色の異様なまでの違いには言葉を失った。とりわけ第3楽章の中間部、フランスの暗い子どもの歌の変奏が一転、ボヘミアの草原に広がる民謡旋律の白昼夢に飛躍した瞬間の極限まで美しく磨き抜かれ、柔らかさの極みの響き、ウィーンのクリームを思わせる皮膚感覚は、「オーストリアのジョナサン」の面目躍如だった。フェルゼンライトシューレの特異な構造を踏まえたバンダ(別働隊楽員)の配置、マーラーの「できれば、そうしてほしい」くらいの消極的指示を全面的に採用したコーダ(終結部)でのホルン全員起立などなど、この曲にまつわるクリシェ(通念)はことごとく踏襲しつつ、世界の聴衆とウィーン音楽の関係の「今日」に鋭い考察を加えたホットな演奏の意図は、客席へと確実に伝わった。物凄いブラヴォー、拍手の嵐! 終演後の楽屋ではノットも「自分は何も変えていないのに、東響とは東京、ORFとはウィーンの音がする。街ごとに化学反応の結果の音色が変わるのが面白い」と漏らした。日本のオーケストラにもしっかり、固有の音色が備わっている現状への逆説的証明としても、後味のいい演奏会だった。


余計なコメント=ミュンヘン近郊に住むヴォルフガング・サヴァリッシュの甥でBMWジャパンの設立に尽力した同社社員と結婚した日本人ピアニスト、サヴァリッシュ朋子さんの案内で、NHK交響楽団名誉指揮者だったマエストロの墓参、ヴィラ見学が実現した。今秋には21歳でセルジュ・チェリビダッッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに抜擢されたインゴルフ・トゥルバン久々の日本ツアーに関わり、ピアノの朋子さんともども、各地を回る、私は「バブル」と言われた時代にも、音楽を心から愛する大物経済人の気品あふれる姿を日本の内外で数多く目撃、その何人かには亡くなるまで、貴重な音楽談義の機会を授かった。日本でもドイツでもオーストリアでも、本当のセレブで、キャリアを上りつめたエグゼクティヴたちは皆、親切で品格確かだった。しかるに今日のザルツブルク音楽祭の客席は? 一見きらびやかながら実態はシッキー&ミッキーな(いかした)だけの成金男女の見せびらかしの場、高齢者の園となりつつあるザルツブルクの将来が心底心配になり、こんなツイートをした;


「欧州でもコンプライアンスが厳しくなり、ザルツブルク音楽祭を30年前初めて訪ねた頃の主流だった企業接待の躾のいい客が減った。ロシアや中国、韓国からも頭打ちの中、増えたのはドイツ語圏の個人客。まあ、成金層で過剰ドレスアップと身勝手な振舞、東洋人への差別意識が目立つ。余計な説教もお好き」



着飾った男女の「お立ち台」?

まあ、坐骨神経痛と今も頚椎に残るアウトバーン全破損事故(よく、生きていた!)、日本人の体格と祝祭大劇場などの客席の根本的齟齬に起因する絶え間ない姿勢の調整、時差ボケで意識を失わないための簡単な運動のすべて、さらには音楽への規格外の没入度によって、私の体は本番中、かなり動くらしい。「メディア」終演後、子どもをぐったりさせる手段を示す場面で下を向き、取材ノートにペンを走らせていた自分が後列の日本人女性客に日本語で詳細を確かめた後、同じく後列の日本人高齢者が「日本語が通じるなら」とばかりに、声をかけてきた。「あなたが動き過ぎて、私は集中できませんでした。いい加減にしなさい!」。私は取材ノートにメモをとりながら鑑賞する職業上の必要、上演中のボディコンディショニング、クラシック以外のコンサートの鑑賞体験などに加え、「時差ボケでせっかくの上演中に意識を失わないよう、あれこれ工夫している」旨を丁寧にご説明したのだが、まるで聞く耳を持って下さらなかった。気持ちの整理がつかず、思わず発信したツイートがこれ;


「昼の買い物帰り、地元の老女に道を譲らないとなじられた。劇場で後ろの席の日本人年配男性に『あなたの身体が良く動き、集中できなかった』と叱られた。ホテルへ戻る道で、仰向けになって天寿を全うした?猫の死体に出くわした。なんか釈然としない。身体が自然に動く自覚はあり、申し訳ないとは思う」


これをツイートしても興奮?は冷めやらず、さらに余計な一言;


「それにしても昨年末の混雑バスに乗るなと怒った爺さん、4~6月の3か月連続で喧嘩を売ってきた某フィル定期隣席の80婆さん、お説教を謹んで受けた今日のオーストリア婆さんと音楽祭の日本人爺さん。還暦を境に高齢者の敵?となりつつある状況が、自分には不可解でしかない。誰か、ちゃんと解析して!」


姿勢に関しては「身に覚え」が確かにあって、何とかしようとは思う。それにしても気になったのは、ザルツブルクの客層の極端な高齢化だ。着飾るのを好む層の大半が日本流にいえば高齢者どころか後期高齢者に属し、補助器具を頼りに席までたどり着く人の数は明らかに、6年前より増えた。あと10年経って、「そして誰もいなくなった」とならないよう、私たち、素晴らしい音楽の恩恵とともに何がしかの経験を積んできた「ちょっとだけ若い世代」ができることはまだまだ沢山あると考えながら、ザルツブルクの街を後にした。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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