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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

9歳・小学校3年生の「小さな大ヴァイオリニスト」、吉村妃鞠の鮮やかな技


作曲家の三枝成彰がプロデュースと案内役を担い、2007年に始めた中学生・高校生のためのコンサート「はじめてのクラシック」。第14回の2020年は「ベートーヴェン生誕250周年」を掲げて8月20日と24日の2回、サントリーホールで午後2時からの公演を行った。指揮は第2回以降一貫して小林研一郎(コバケン)、今年のオーケストラは東京交響楽団だ。


開幕はベートーヴェンの「《エグモント》序曲」。私とコバケンの出会いの曲である。


1973年。中学2年生から3年生に進級と同時に杉並区から世田谷区に引っ越した私は、世田谷と渋谷両区の教育委員会が共同で企画、建て替え前の旧渋谷公会堂に子どもたちを集めた音楽鑑賞教室(音鑑)に参加した。1曲目は《エグモント》序曲。小学校の音鑑で寄せ集めのオケ、どうでもいい指揮者で聴き、すっかり退屈した作品を再び聴くのは不安だった。だが渋谷公会堂の舞台に走って現れた指揮者の演奏は気合い、迫力が前回とは全く違い、熱く力強い響きに驚いた。大人になって何度目かの引越しのとき、古い段ボール箱から当日の「鑑賞のしおり」がポロリと出てきた。何とオーケストラは東響、指揮はコバケンだった!翌年、34歳の年齢制限ギリギリでブダペスト国際指揮者コンクールで優勝、ハンガリー楽壇の寵児への第1歩を踏み出す直前、下積み時代のコバケンを聴いてから47年が経った。


音楽家との出会いは偶然のようでもあり、〝仕組まれていた〟ようでもある。今回のヴァイオリンのソリスト、吉村妃鞠(よしむら・ひまり)は2011年生まれで慶應幼稚舎3年生と桁外れに若く実際に聴くのは初めてだが、ご縁の起点は彼女の生まれる前に遡る。母方祖母の吉田慶子さんはジャパン・アーツ役員も務めた敏腕音楽マネージャー、その長女の吉田恭子さんは江藤俊哉、アーロン・ローザンド門下のヴァイオリニストでリサイタルデビュー、CDリリース以前から面識があり、高校生のころ、私が企画した演奏会でピアニスト横山幸雄の譜めくりバイトをお願いしていた。やがて桐朋学園同窓の作曲家・プロデューサー・キーボードプレイヤーの吉村龍太さんと結婚、妃鞠さんが生まれた。昨年、渋谷のホールで吉村さんから声をかけられ、お嬢さんを紹介されて以来、実演を聴く機会を待っていた。


チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」第1楽章(一部カット)とサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。まだ2分の1サイズの楽器だが、国内外のオーケストラと6歳から共演を重ね、国際コンクール優勝歴もすでにあるので「ズブの新人」とは訳が違う。活字が大好きで4歳のとき小学校2年生対象の漢字検定で満点をとって注目されたといい、暗譜力も優れているのか、1音1音を揺るがせにせず正確かつニュアンス確かに弾き分け、フレーズをたっぷりと歌わせていく。すでに「妃」というか「女王」の悠然とした風格を備え、80歳のコバケンを「忠実な僕(しもべ)」のように従えて自分の音楽を堂々と奏でた。小さいサイズの楽器でも音量に不足はなく、母親をしのぐスケールのヴィルトゥオーゾ(名手)に育っていく可能性が大きい。客席の若者たちも、さらに若い才能の輝きに圧倒されていた。


三枝は数か月前に半月板を損傷したとかで杖をつき、いささか痛々しい姿で現れた。やはり作曲家は作曲家、後半のベートーヴェン「交響曲第5番《運命》」の前に行った解説MCでは「タタタ・ターンと4音の《運命動機》が第1楽章502小節の中に、なんと249回も出てくる」と強調し、プログラムに載せたスコア(運命動機を赤でマーキング)を見ながら聴くように勧めた。続くコバケンと東響の全曲演奏。つい20時間ほど前、同じホールで聴いた角田鋼亮指揮読売日本交響楽団による同じ曲の演奏とは全く異なる光景が広がり、参った。


※24日の公演はBS朝日が収録、2020年9月26日(土)午前10時から放映する予定

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