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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

2023年5月のMETはシュトゥッツマン「モーツァルト祭」、D.Gと魔笛を観た

更新日:2023年5月24日


《ドン・ジョヴァンニ》アンナ(F・ロンバルディ)とオッターヴィオ(B・ブリス) ©️Karen Almond / Met Opera

《魔笛》タミーノ(L・ブラウンリー)とパミーナ(E・モーリー)©️Zenith Richards / Met Opera

2023年5月の米ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)ではコントラルト歌手から指揮者に転身したフランス人女性、ナタリー・シュトゥッツマンがモーツァルト歌劇一挙2演目ーー《ドン・ジョヴァンニ》(イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出)と《魔笛》(サイモン・マックバーニー演出)の新演出初演でMETデビューを果たした。私は20日の前者を平土間プレス席、22日の後者を最上階最後列で観た。驚いたのは天井桟敷席。意外なほど舞台全体が良く見え音響も悪くなく、観客の反応がつぶさにわかる。どちらの演目もコミカルな瞬間に爆笑が起こり、この街ではオペラもエンターテインメントの一角だと痛感する。


シュトゥッツマンの指揮は自らピリオド楽器アンサンブルの「オルフェオ55」を組織するなど、古楽志向を基本とする。巨大空間と巨大編成がデフォルトでマッチョなMETオーケストラのアンサンブルを緻密に整え、すっきりしたアーティキュレーションとフレージング、切れ上がったリズム(とりわけ俊敏なティンパニ)などを通じ18世紀音楽にふさわしいLeichtigkeit(軽やかさ)を鮮やかに再現する。《ドン・ジョヴァンニ》通奏低音の鍵盤楽器にはチェンバロではなく、フォルテピアノ(ジョナサン・C・ケリー)を採用していた。


加えて自身の演奏経験に基づく自然なブレス、フレーズの膨らみ、デュナーミク(強弱の振幅)を通じ、ソリストごとの歌の個性を適確に浮かび上がらせる。正直、これほど有能な指揮者とは予想だにせず、今回のMET〝詣で〟で最大の収穫だった。ただ、《ドン・ジョヴァンニ》では大成功を収めた「歌わせる指揮」が《魔笛》では一抹の停滞感を生み出し、つくづく、モーツァルトの歌劇の再現は「一筋縄では行かない」と痛感する。最大の原因は前者がイタリア語のドラマ・ジョコーソ(おどけたドラマ)、後者がドイツ語のジングシュピール(歌芝居)という様式の違いだろうが、演出の方向性と歌手の力の差も影響したと思う。



✴︎が付いているMETの研修制度「Lindermann Young Artist Development Program」の修了生

《ドン・ジョヴァンニ》のイヴォ・ヴァン・ホーヴェ(1958ー)はベルギーに生まれ、オランダを拠点とする演出家、《魔笛》のサイモン・マックバーニー(1957ー)は英国の演出家で映画やテレビの俳優としても活躍する。いずれも私(1958ー)と同世代だから、それなりの経験を積み、自身の方法論をある程度確立した段階にあると思われる。2022年に新国立劇場の《ガラスの動物園》(テネシー・ウィリアムズ)が注目を集めたヴァン・ホーヴェは大野和士がフランスのリヨン歌劇場音楽監督だった時代の《マクベス》(ヴェルディ)をはじめ、オペラ演出も手がける。マックバーニーは2008年に谷崎潤一郎原作の《春琴》の舞台を演出したほか、今回の《魔笛》も2012年にネザーランド・オペラとエクス・アン・プロヴァンス音楽祭が共同で制作、DVDにもなっている代表作だ。今回のMETでもそれぞれ現代の視点、ヴィジュアルを生かし、隅々まで練り込んだ舞台に仕上げていた。


あくまで私見だが、《ドン・ジョヴァンニ》の演出コンセプトと成果は絶賛に値する半面、《魔笛》はかなり問題含みだと感じた。前者はモーツァルトが作品に与えた原題、「罰せられた放蕩者」を起点に置き「カッコよくないサイコパス(対人コミュニケーションに難のある反社会性パーソナリティー障害者)」が「精神の牢獄」に消えていく様を鮮やかに描く。後者はモーツァルトとシカネーダーが「フリーメイソン」の思想を土台に描いたユートピア(理想郷)の希求を現実的な「社会の進化」に読み替え、プロジェクション・マッピングの映像や大胆なサウンド・エフェクトで「わかりやすく」表現する。フリーメイソンのメタファー(暗喩)、「3」の倍数を象徴する三角形、調和の象徴であるシンメトリー(左右対称)など《魔笛》の形而上の定石は僅かしか現れず、生々しい人間ドラマが取って代わる。夜の女王は車椅子の老婆、3人の童子も杖をつきヨロヨロの宇宙人で、意味がわからない。


それでも歌手が素晴らしければ音楽の魅力で演出の瑕瑾は帳消しになるのだが、今回の《魔笛》ではそれぞれの役柄に必要な声の質と重さに相応しい歌手が選ばれたとは思えず、ドイツ語の発音も明瞭とはいえなかったのが残念だ。一方、《ドン・ジョヴァンニ》はキャスティングも絶妙で題名役のペーター・マッテイやツェルリーナのイン・ファンらモーツァルト解釈で定評を確立した顔ぶれに加え、ドンナ・アンナのフェデリーカ・ロンバルディ、ドン・オッターヴィオのベン・ブリスら2010年代にMETデビュー、次第にスターの輝きを増してきた世代の確かな様式感、適確な演技力が隙のないアンサンブルとして機能していた。





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