• 池田卓夫 Takuo Ikeda

L・ヴィオッティ指揮の東京交響楽団、19世紀後半中欧の灼熱を21世紀に再現


間もなくサマーフェスタが始まるミューザ川崎

1990年生まれのロレンツォ・ヴィオッティが今年1月のヴェルディ「レクイエム」以来半年ぶりに東京交響楽団の指揮台へ戻ってきた。2014年の急な代役での初来日以来4度目の共演に選んだのは、ブラームスの「ピアノ四重奏曲第1番」のシェーンベルクによる管弦楽編曲版とドヴォルザークの「交響曲第7番」。アンコールはブラームスの「ハンガリー舞曲第1番」で東京、新潟を回った後の最終公演を2019年7月15日、ミューザ川崎シンフォニーホールで聴いた。


ブラームス〜シェーンベルクを聴いた瞬間、メフィストフェレスの囁きに屈し、若さを取り戻した(と錯覚した)ファウストの心境に想いを馳せた。ヴィオッティが現出させたのは、私が高校生から大学生にかけて音楽を聴き漁った時代、最初に触れた若杉弘指揮ケルン放送交響楽団やエーリヒ・ラインスドルフ指揮ウィーン・フィル(ともに放送でのライヴ)などで感じた熱く、ねっとりとしたロマン派の響きではない。28歳のブラームスの才気や情熱とナチスを逃れて米国へ移住した1930年代のシェーンベルクの表現主義的に切り立った音響の異様な化学反応や火花を、スコアを立てて細心の注意を払いながら、そのまま客席に投げかける。大胆なアプローチを抜群の音楽性と耳で平然と実現していく姿に、今の若い世代で最善の感覚を見出し、眩しかった。東響の弦にパワー、金管に美しい響きへの配慮がそれぞれもう少しあれば、より恐ろしい名演奏になっていたと思う。


後半のドヴォルザークは暗譜で振った。ブラームスに才能を評価されて欧州楽壇の中枢に進出、ロンドンのフィルハーモニー協会の委嘱で作曲した「第7番」は国民楽派のアイデンティティとハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス…と受け継がれてきた中欧シンフォニストの技倆が高い次元で溶け合い、「第9番《新世界から》」に連なる傑作の道の第一歩を記した。カルロ・マリア・ジュリーニやアルド・チェッカート、リッカルド・ムーティらイタリア系の指揮者が好んで振る作品としても知られ、イタリア系スイス人のヴィオッティも共感度の高い指揮ぶりだった。こぼれ落ちるように美しく、情感に富むドヴォルザークの旋律をたっぷりと歌わせ、激しいたたみかけで感情のクライマックスを築く一方、スビトピアノ(瞬間的な弱音)、フレーズの始まりと終わりを絶対に曖昧にしないなどのコントロールに抜かりはなく、基本インテンポの運びから最大限のニュアンスを引き出した。東響も一段とテンションを上げ、献身的な演奏で会場を沸かせた。


生年を列挙すると、ブラームスが1833年、ドヴォルザークが1841年、シェーンベルクが1874年と僅か41年のスパンしかなく、ともに19世紀後半から20世紀に向かう激動の中欧で、激しい音楽の炎を燃やしていた。ヴィオッティは鋭い音楽的感性をもって、彼らの時代の灼熱を21世紀の日本に再現した。若さの輝き。川崎市出身の16歳、望月慎太郎がテニスの英ウィンブルドン選手権ジュニア部門シングルスで日本人初の優勝を成し遂げた翌日のミューザ川崎だったので、なおさらに輝かしく思えた。せっかくの快挙なのだから音楽、スポーツの垣根を超え、ホール内外にもう少し祝賀のディスプレーとか、あってもよかった。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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