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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

12型のブルックナー「第6」に挑んだヴァイグレと読響、新鮮な感覚で魅了


読売日本交響楽団(読響)第604回定期演奏会を2020年12月9日、サントリーホールで聴いた。第10代常任指揮者セバスティアン・ヴァイグレは2019年9月以来、15か月ぶりの登場だ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響でフランクフルトの自宅にとどまっていたが、音楽総監督(GMD)を務めるフランクフルト歌劇場だけでなく、ウィーン国立歌劇場やニューヨーク・メトロポリタン歌劇場、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団などへの客演が軒並みキャンセルとなった結果、到着後2週間の隔離が可能となり来日が実現した。2021年1月19日の次回定期まで年末年始も含め、ほぼ2か月間を日本で過ごすことになる。


前日にインタビューの仕事で川崎市内の読響練習所を訪ね、リハーサルの音を聴き驚いた。つい4日前、俊英マキシム・パスカルの指揮でフランス風の華麗な響きを奏でていた人たちが紛れもなく、ドイツ風に落ち着いた「ヴァイグレの音」を取り戻していた。15か月の空白が、うそのようだ。「練習初日は大変だったけど、2日目からはすべてが上手く噛み合いだした」という。「読響は素晴らしい音楽家の集団です。ここでの仕事は最高に楽しく、実りがあります」とヴァイグレがいえば、長原幸太の隣でダブルコンマスを担った小森谷巧も「彼のブルックナーの音、素晴らしいでしょ?」と、久しぶりの共演の手応えを語る。


演奏会の前半はモーツァルトの「ピアノ協奏曲第25番」。来日できなかったキット・アームストロングに代わり、岡田奏が独奏した。後半はブルックナーの「交響曲第6番」。ヴァイグレはリハーサルではタクト(指揮棒)を使っていたが、本番では楽員の意見を聞いた上で、持たないことにした。岡田は函館市生まれ、パリ音楽院卒業。3年前に審査員を務めたオーディションで存在を知り、スタイリッシュで躍動感あふれる音楽に注目してきた。実演に接するのは2019年1月30日、同じホールでの札幌交響楽団東京公演(マティアス・バーメルト指揮)のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」以来だ。年明けから産休に入るとかで、大きなお腹での登場だったが、音楽は相変わらずキリリと引き締まり、18世紀音楽にふさわしい「軽さ」の範(のり)を保ち、真珠のように美しいタッチで端正に弾き進めていく。ヴァイグレはリハーサルで木管ソロとの直接コンタクトを求め「見るのは僕じゃなくて、フルートの方にしてください」、フルート奏者にも「見るのはピアニスト」と指示していた。指揮は殊更ピリオド奏法を強調したものではないが、ティンパニをブルックナーと使い分け、ヴィブラートも少なめにするなど、様式感は確実に吟味していた。


驚いたのは、モーツァルトで顕著だった「大きな室内楽」の発想が、ブルックナーにもしっかりと受け継がれていたことだ。この夜の編成は第1ヴァイオリン12人、第2ヴァイオリン10人、ヴィオラ8人、チェロ6人、コントラバス4人と、ブルックナーにしては小振りの弦に対し、金管はホルン4人をはじめ従来通りなので、開演前にはバランスを心配する声も聞かれた。音が鳴りだし、次第に熱を帯びるなかで明らかになったのは、弦がダブルコンマスで臨み、ヴァイグレがタクトなしで指揮した〝必然〟というか〝効用〟だった。長原も小森谷も遠くからでもはっきりわかる全身弾きで大きなうねりを作り、12型でも30年くらい前の日本のオーケストラの16型に匹敵する以上のパワーを引き出していく。半面、透明度は保たれ、ヴァイグレが手指が示す細かなニュアンスに適確な反応をみせながら、室内楽並みに洗練されたアンサンブルの芸も同時に堪能させる。クライマックスにかけてのヴァイグレは長身を生かしたダイナミックなジェスチャーでオーケストラを駆り立て、パワフルな金管ともども、客席を圧倒する。


解釈では妙な辻褄合わせをせず、「第3→4→5番」と1つの成熟プロセスを達成したブルックナーが次の「第7→8→9番」へと続く円熟境を前に、様々な実験精神を発揮した「第6番」という特殊な立ち位置の交響曲の姿をありのままに再現していく。時間の進行とともに刻々と変化する音楽の諸相を「出来立てホヤホヤ」的に追体験できる、ライヴ感覚満点の演奏に客席は沸いた。楽員が退出した後にもヴァイグレは呼び出され、俗にいう「お立ち台」にしても異例に長い拍手に包まれ、深々と頭を下げていた。良いコンビになった。

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