• 池田卓夫 Takuo Ikeda

飯守泰次郎の「全身ワーグナー愛」圧巻森麻季のブリュンヒルデ「来世に期待」


京都市と京都コンサートホールが主催、ローム株式会社が協賛する第23回「京都の秋音楽祭」開会記念コンサートを2019年9月15日、京都コンサートホール大ホールで聴いた。京都市交響楽団の演奏が恒例で、今年の指揮者は飯守泰次郎。前半はソプラノの森麻季を迎え、スザンナとミカエラ、ムゼッタのアリアにモーツァルト、マスカーニ、ヴェルディの序曲・前奏曲や間奏曲、後半はワーグナーの「ニーベルングの指環(リング)」抜粋。最後は「神々の黄昏」の「ブリュンヒルデの自己犠牲」なので「もしかしたらマエストロ最新のアイデアと工夫で、麻季さん独自のブリュンヒルデとか、聴けるのではないか?」と妄想したが、彼女の出番は前半のみだった。終演後ご本人にメールしたら、「ブリュンヒルデは来世あたりに歌えるようになるかしら、笑」と、ユーモアたっぷりに返された。「常識で考えればわかる」という声もあるだろうが、京都市民400人の無料招待枠もある休日昼下がりの公演で初心者も多いのだから、歌の出番がどの曲なのか、明記するに越したことはない。


すでにプリマドンナの地位を固めて久しい森。依然として声も姿も瑞々しさを保ち、それぞれの役柄と作曲家の様式を適確におさえ、隅々までコントロールを効かせて歌う姿勢は素晴らしい。オペラ全曲の舞台へと期待をつなげる「華」は、こうしたガラコンサートには欠かせない。飯守の控えめな「付け」にも、古き良き時代のカペルマイスター(楽長)の感触があって、好ましい。アンコールはプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」からラウレッタのアリア「私のお父さん」。最近は客に媚びを売るように嘆かわしく、ねっとりと歌うソプラノが増えて辟易する機会も多いが、森はあっさり品良くまとめ、爽やかな後味を残した。


ワーグナーでは編成がぐっと大きくなって、マエストロは前半の舞台前方ではなく、大きめの傾斜のひな壇に並ぶ楽員の間を縫い、段差を上下しながら入退場せざるを得ない。腰の手術をして日が浅く、歩行に多少の難がある飯守には酷な状況だ。実際によろけ、楽員が慌てて支える場面もあった。


だが指揮台にのぼり、タクトを振り下ろした瞬間に別人が現れる。壮者をしのぐエネルギーが全身から放たれ、長く傾倒し深めてきたワーグナー楽劇への愛情のすべてがオーケストラに注ぎ込まれる。京響は京響で、12代常任指揮者の広上淳一との足かけ12年に及ぶ共同作業を通じて水準を着実に切り上げ、今や京阪神のトップに位置する。2017年からは滋賀県立劇場びわ湖ホールで、芸術監督の沼尻竜典が指揮するミヒャエル・ハンペ新演出「リング」全曲に年1作のペースで出演、ワーグナーを究めているオーケストラでもあり、歌心あふれる弦、まろやかな金管、語りかける木管などが溶け合って、陶酔のワーグナー・サウンドを奏でていた。指揮者とオーケストラが深い共感を分かち合い、即興的なルバート、リズムの強調なども、ばっちりと決まる。真にプロフェッショナル、「熱いけれども洗練されている」という風情の音楽を聴けたのは幸いで、京都まで日帰りで出かけた甲斐があった。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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