• 池田卓夫 Takuo Ikeda

音だけで十分満足の「メフィストーフェレ」〜バッティストーニ指揮東京フィル

最終更新: 2018年11月20日


古くはVHSやβmaxのビデオテープから、レーザーディスクを経て今日のDVDやBlu-rayに至るまで、オペラの映像ソフトが大きな発展を遂げるなかで1つ、困った問題が生じた。ソフトでは序曲や前奏曲の間、上演や制作スタッフの詳細を伝えつつ、様々な映像処理の工夫を施すが、それが近年、歌劇場やコンサートホールの実演に逆流してしまったのだ。序曲の間も細かな演技を歌手に求めたり、演奏会形式上演でも背景に映像が流れたり、照明を細かくつけたり……と、観る側からすれば「余計なお世話」に思えるサービス?が増えている。


私はライヴの舞台上演にビデオアートやCG(コンピューター・グラフィックス)、プロジェクションマッピングその他、最新の映像技術を組み合わせること自体に反対する立場ではない。モーツァルトの「魔笛」だけ挙げても、先年のオーストリア・リンツ歌劇場と東京二期会が共同制作した宮本亜門演出、ベルリンのコーミッシェ・オーパーが今年(2018年)の日本ツアーで上演した現インテンダントのバリー・コスキー演出、さらに新国立劇場のオペラ芸術監督に就任した大野和士が古巣のブリュッセル・モネ劇場から持ち込んだ世界的ヴィジュアル・アーティストのウィリアム・ケントリッジ演出などなど、シカネーダーとモーツァルトが構築した理念の視覚化に映像が大きく貢献した例はたくさんある。だが演奏会形式上演では「せっかく」(と敢えて書く)装置や衣装を排し、音楽だけに集中できる前提が整ったにもかかわらず、中途半端なヴィジュアルで気を削ぐことだけは勘弁してほしい。


東京フィルハーモニー交響楽団が首席指揮者アンドレア・バッティストーニとともに演奏会形式で上演したアリゴ・ボーイト台本&作曲の歌劇「メフィストーフェレ」(2018年11月18日、Bunkamuraオーチャードホール)で最も残念に思ったのもこの、中途半端な画像と照明の追加だった。


「アイーダ」でオペラ創作をやめるはずだったヴェルディに「ワーグナー死後の音楽劇の新展開」を示唆し、自ら台本を提供しながら「オテッロ」「ファルスタッフ」の大傑作を誕生させたボーイト。作曲テクニックでは「いささかアマチュア的な部分もある」(バッティストーニ)というが、「メフィストーフェレ」では起承転結の時系列でストーリーを語ることに敢然と背を向け、散文詩のような台本を並列した場面ごとに最も効果的な音楽を与える画期的手法〜それは、後の映画の時代を予見したものといえ、プッチーニの「西部の娘」の先駆けもなしている〜で勝負した超モダン、実験的なオペラを世に送り出した。バッティストーニは東京フィル、新国立劇場合唱団(冨平恭平指揮)、世田谷ジュニア合唱団(掛江みどり指揮)を一分の隙もなく統率、時に演奏不可能と思える超高速から最美の旋律を弱音でゆっくり歌わせる部分まで、実質の日本初演に等しい未知のオペラを輝かしく再現した。


キャストは主要3役がイタリアからの客演。題名役のバス、マルコ・スポッティは16日サントリーホールでは絶好調だったそうだが、18日は朝から体調が今ひとつで何箇所か危ない場面もあった。何とか最後までペースを保ち、第一人者の貫禄は示した。どこか色気があって、チャーミングな悪魔の感じが漂うのもナイス。ファウスト役のテノールには当初ジャンルーカ・テッラノーヴァが予定されていたが、ドクターストップでキャンセル。アントネッロ・パロンビに変わった。日本でも以前「オテッロ」を歌っただけに声はドラマティック、ファウストも持ち役とのことだが、とにかく小柄な巨体が(いくら演奏会形式とはいえ)ドラマ上のキャラクターとの齟齬を強く意識させてしまい、微妙。自分で持ち込んだ衣装、年老いた場面のファウストを演じる瞬間の極端な猫背(リゴレットと勘違い?)演技、マルゲリータへの余計なからみ……と、いささか勘違い系のプレゼンスに戸惑った。マルゲリータはバッティストーニと同い年、まだ31歳のリリコのマリア・テレーザ・レーヴァが陰影に富んだ美声、役柄を深く理解した身体表現(アルテシェニカ)、的確なテクニックで大きな感銘を与えた。マルタ&パンターリスの清水華澄(メゾソプラノ)、ヴァグネル&ネレーオの与儀巧(テノール)の日本人歌手2人も、今を盛りの華を発揮して万全だった。


会場は沸きに沸き、バッティストーニはスコアを高く掲げて作曲家を祝福。舞台袖に急行すると、「やったー!」のガッツポーズで私を迎えた。あの不思議な画像は、彼自身が手描きしたスケッチから作成したらしい。まあ、まだやりたいことが山とある年齢だし、生まれた時からオペラの映像ソフトに囲まれて育った世代なので、2倍の年齢の私には理解不能な部分があるのも確か。せっかくフルスロットで物凄く感動的で斬新な音楽を指揮できるのだから、ヴィジュアルを追加するならするで、もっともっと徹底した練り上げを期待したい。

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