• 池田卓夫 Takuo Ikeda

関西オペラの旅〜びわ湖ホール「ファルスタッフ」と兵庫芸文「ラ・ボエーム」


どちらも無料配布のプログラムの内容が充実している

2022年7月半ばの週末、関西にイタリア歌劇2作の新制作舞台を観に出かけた。滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールが中ホールで続ける「オペラへの招待」の枠で上演したヴェルディ「ファルスタッフ」は15日と16日にダブルキャストの両方、兵庫県立芸術文化センター「佐渡裕プロデュースオペラ2022」のプッチーニ「ラ・ボエーム」はダブルのうちミラノのオーディションで選んだ若い外国人歌手チームの方を17日に聴いた。すべて昼公演。


「ファルスタッフ」は長くミラノに住む田口道子が「びわ湖ホール声楽アンサンブル」の若手歌手を指導しながら演出をつけるワークショップ方式のプロダクション。管弦楽は園田隆一郎指揮の大阪交響楽団。田口は6週間のリハーサルを通じ、1人1人に「台本のイタリア語を片仮名の暗記ではなく、生きた言葉として理解し、正しい発音で歌う」ことを求めた。さらに装置や衣装、背景には「絵本のように」と注文をつけ、作品に初めて接する人にも、明確なシグナルを送ろうと努めた。結果、アンサンブルは引き締まりアルテシェニカ(身体表現)は自然、明瞭な言葉を介してドラマ展開が熱を帯びた。笑いをとる場面では客席もしっかり反応、大詰めのフーガで歌われる人生の真実に対しても深い共感が広がった。園田の指揮は非常にキビキビとして飽きさせない半面、もう少し陰影が欲しい部分もあった。若いアンサンブルを統率するにはこうしたストレートなリードが得策と考えたのかもしれない。


初日の題名役はアンサンブルのメンバーで三原剛に師事した美声の新進バリトン、平欣史。最初は緊張の極みにあったが、3時間の本番中に目覚ましく進歩する奇跡を引き起こし、「おもろうて、やがて悲しき」の喜劇役者の資質を全開にした。声の良さではカイウスの宮城朝陽、バルドルフォの谷口耕平のテノール2人、アリーチェのソプラノ山田知加も光る。クイックリーは東京二期会のメゾソプラノの第一人者、中島郁子が客演し、抜群の発声と演技力で見事な狂言回し役を担った。もう1人のクイックリー、アンサンブルのメンバーである藤居知佳子が体調不良で降板、16日も中島が出演した。フォードの迎肇聡も降板、やはりメンバーの市川敏雅が2日続けて歌った。2000年12月、びわ湖の大ホールで私たちが福井敬(テノール)のレコーディングを行い、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(ワーグナー)のハンス・ザックスのパートを合唱で参加していた市川に歌ってもらった時は深々とした美声に感心したのだが、今回のフォードでは内にこもる発声の癖(イタリア語でインゴラート、ドイツ語でクネーデルシュティンメ)がきつくなり「あれっ?」と思った。


2日目のファルスタッフは東京二期会の中堅で「イル・デーヴ」の一員の青山貴が客演。圧倒的声量のバリトン・ヴォイスが会場を満たした。この組でもカイウスの古屋彰久、バルドルフォの奥本凱哉、アリーチェの山岸裕梨が良かった。前日からの中島、市川も存在したのだが、アンサンブルの精度や熱気では、初日の仕上がりに一日の長があったと思う。しかし、S席6,000円の低廉な価格で時間をかけて作り上げ、作品の持ち味を歪みなく伝える舞台を若く活きのいいキャストで楽しめたのだから、両日を通じての満足度は極めて高い。


西宮北口の兵庫県立芸術文化センターに移り、「ラ・ボエーム」を聴いた瞬間に驚いた。「ファルスタッフ」のたった3年後の1896年に世界初演された作品で、ともにイタリア人が作曲したオペラにもかかわらず、ヴェルディとプッチーニの間には音楽史の大きな断層があると実感した。かつてリッカルド・ムーティは私に「ヴェルディこそベルカントの最終到達地点。プッチーニは別の新しい音楽だ」と語ったが、まさに、ヴェルディが最後の歌劇「ファルスタッフ」においても「型」を踏まえていたのに対し、プッチーニはより自由で先端の音楽、言葉を歌い語りながら細かく芝居をする点では後のミュージカルと直結した新しい音楽劇の開拓者だった。同センター管弦楽団(ゲスト・コンサートマスター=ステファノ・ヴァニヤレッリ)をストレートに鳴らし、明るくモダンな響きを引き出す佐渡の指揮は、プッチーニのモダンなスコアの再現として、理に適ったものだった。


演出・装置・衣装を担当したダンテ・フェレッティ(1943年マルチェラータ生まれ)はフェデリコ・フェリーニ、ピエロ・パオロ・パゾリーニ、フランコ・ゼッフィレッリ、マーティン・スコセッシらイタリアとハリウッドの偉大な監督の作品で美術デザインを手がけた、イタリア映画界のレジェンドという。「ラ・ボエーム」ではヴィジュアルの時代を原作小説(アンリ・ミュルジェール作「ボヘミアン生活の情景」)が発表された19世紀前半ではなく、プッチーニのオペラ初演に近い19/20世紀の転換期に設定。4人の青年の居場所は屋根裏部屋ではなく、セーヌ川に浮かぶ船の中だ。第2幕の「カフェ・モミュス」は最初、テラス席を外に並べたファサード側を使い合唱団が所狭しと動き回る(久しぶりの「密」!)。途中に壁が上がると、店内のテーブル席やバー・カウンターが現れる作りの細かさで、まさに映画の手法を踏襲している。軍楽隊のパレードは下手(客席から見て左側)の舞台奥から窓越しに現れ「なんだ、これだけ?」と思ったのも束の間、次第に音量を増して上手から舞台前方を下手に向かって行進、不意をつかれた以上に感動してしまった。第3幕の検問所、税官吏の声と動きを音楽を完全に一致させ、ムゼッタとマルチェッロが働くビストロの窓越しには柔らかな光と談笑する客の姿が絶えず見えるなど、もの凄く芸が細かい。半面、歌手のアルテシェニカは控えめで、無理な姿勢で歌わせたり、高所恐怖症に陥れたりはしない。


ミミのフランチェスカ・マンゾ、ロドルフォのリッカルド・デッラ・シュッカ、ショナールのパオロ・イングラショッタ、コッリーネのエウジェニオ・ディ・リエート、ベノアとアルチンドロのロッコ・カヴァルッツィの5人がイタリア人。ムゼッタのエヴァ・トラーチュはポーランド人、マルチェッロのグスターボ・カスティーリョは「エル・システマ」で音楽の基礎教育を受けたベネズエラ人。いずれも佐渡が立ち会い、ミラノで行ったオーディションで選ばれたフレッシュなキャストだ。日本では「ラ・ボエーム」が名作とされるあまり、かなり年季を積み熟練した歌手を起用、「貧しく美しく残酷な青春の群像劇」の原点に照らして「なんぼ何でも、どうかなあ?」と残念に感じるケースが少なくない。今回の兵庫の外国人チームは本当に若々しく、伸び伸びと演じているのがいい。中でも2人のソプラノ、とりわけミミのマンゾの声は美しく、切々とした歌唱にも説得力を感じ、今後有望と思えた。この中で大阪の名物テノール、清原邦仁がパルピニョールで強烈な存在感を示したのがまた、関西ローカルをしっかり意識した佐渡オペラらしい。気づけば第4幕の大詰め、涙が出た。

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