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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「鏡」に映し出された吉川隆弘の美意識


ミラノ在住のピアニスト、吉川隆弘のリサイタルを久々に聴いた(2018年11月28日、王子ホール)。これまでの印象は長身でエネルギッシュな打鍵、スケール大きな演奏を繰り広げる中堅といったところ。ところが今回、響きに対する極めて繊細な美意識を持ち、音楽を妖しく輝かせる独特の感性の存在に気づいた。後半、モンポウの珍しい(演奏機会が少ない)「風景」(泉と鐘/湖/ガリシアの荷車)の眼前に景色が広がるかのような描写力に先ず驚き、ラヴェルの名曲「鏡」(蛾/悲しい鳥たち/洋上の小舟/道化師の朝の歌/鐘の谷)での全く隙のないタッチ、音色、デュナーミク(強弱法)を駆使した表現の多彩さに息をのんだ。アンコールのショパン3曲では一転、ロマンティックな世界へ傾斜して懐の深さをみせた。


これに対し、本人が「古典でまとめた」と語った前半にはまだ、改善の余地があった。ハイドンの「ソナタ へ長調」は本来もっと解放されるべきユーモアの世界が開幕の緊張か、あるいは「古典をきちんと弾こう」との思いの反映か、過度に引き締まった空間に押し込められてしまった。特に第3楽章のコーダにかけては、もっとチャーミングな彩りがあってよかった。逆にベートーヴェンの「ソナタ第23番《熱情》」は標題性にこだわるあまり、激情の迸りに任せて突進した結果、細部の乱れや響きの混濁を招いていたのが残念だった。ベートーヴェンが巧みに設計した楽曲構造の論理をもう少し深く解析、和声の進行や転調、解決の瞬間などを聴き手に明確に示す解釈&再現、どんなに激しても透明度を損なわない音色をさらに究めてほしいと思った。


ラヴェルの内面世界への沈潜が見事だったうえ、ベートーヴェンでも緊張の維持は並外れていたので、いつの日かドイツ音楽の古典にも吉川独自の美学を確立するにちがいない。折に触れて聴きたくなる、不思議な魅力を備えたピアニストだ。


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