• 池田卓夫 Takuo Ikeda

鈴木大介・藤枝守&西山まりえ・ダムラウ&ヤンソンス〜最悪の日々に聴く音楽

最終更新: 4月2日

クラシックディスク・今月の3点(2020年3月)



2020年は新型コロナウイルスの猛威により、「人類史上最悪の年」の1つとして記憶されることになるだろう。日本では2月26日の首相、3月25日の東京都知事それぞれの記者会見で最初にイベント、次に夜間外出の自粛へと展開しコンサートホールや劇場、飲食店の灯が消えた。学校が休みに入り、在宅勤務が奨励されるなか、ネットやディスク、放送を通じて音楽を鑑賞する頻度だけが上がり、一部の音楽関係者はそこに、新たな可能性を探ろうとしている。とはいえ余りにイケイケの音楽では逆に落ち込んでしまいそうなので、イライラを鎮める効果がありそうなディスクを3点、選んでみた。ただひたすら、静かに耳を傾けていただきたいから、コメントはいつもより短めにする。


「シューベルトを讃えて」

鈴木大介(ギター)

ピアノ曲「楽興の時」から第2&3番と、「愛の便り」「セレナーデ」などリート(歌曲)をメルツが編曲した6曲からなるシューベルトの旋律にメキシコの作曲家ポンセのソナタ「シューベルトを讃えて」、シューベルトと同時代のランツが作曲した「2つのロンディーノ」を組み合わせた異色のギターソロ・アルバム。鈴木は日本のギタリストには珍しく、シューベルトの国オーストリアのザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学していた。


シューベルトとギターの相性の良さの理由を、鈴木は「非常に限定された機能の中で、夢幻のニュアンスや色彩と空間の広がりを音楽に息づかせることを最重要のテーマとし続ける、クラシック・ギターという楽器」の「役割の真髄」に求める。恐らくそれはシューベルトの音楽を語るキーワードの一つ、ゲミュートリヒカイト(親しみ)にも相通じるだろう。弦の〝ひとはじき〟ごとに作曲者の心の震えが伝わり、静かな感動に身を委ねることができる。

(アールアンフィニ=ソニー・ミュージックダイレクト/ミューズエンターテインメント)


藤枝守「ルネサンスの植物模様」

西山まりえ(ルネサンス・ハープ&イタリアン・チェンバロ)

3月下旬の3連休、福岡市を訪れた。作曲家の藤枝守が九州大学芸術工学研究院(旧九州芸術工科大学)教授を同月末定年退官する記念の講演と演奏会を聴くためだったが、自粛要請に沿って中止となり、晩ご飯をご一緒するだけで終わった。


「植物模様」は1995年の第1集以来、藤枝が今日に至るまで発表し続けてきたライフワーク。「植物の葉や茎に2つの電極を取り付け、その間の電位変化のデータの軌跡をメロディックなパターンに変換する手法」で一貫するが、サンプリングのロケーションや植物の違いで、実に多彩な表情をみせる。同時にトランスクリプション(編曲)を重視、ここではピアノや声楽、箏のために書かれた作品がピリオド楽器のハープ、チェンバロで奏でられる。


エコロジー、オーガニックといった言葉が流行る以前から一貫して植物と向き合い、そこに生起する波動の数々を「聴き出す」行為から生まれた音楽には「究極のヒーリング効果がある」と「植物模様」の録音、演奏会に接する度に思ってきた。古楽の名手、西山の再現はそこに雅びな響きだけでなく、豊かな生命感も与え、新しい輝きを引き出している。

(OMF)


R・シュトラウス「4つの最後の歌」&歌曲集

ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団(4つの最後の歌)

ヘルムート・ドイチュ(ピアノ=歌曲集)

「4つの最後の歌」は2019年11月30日に亡くなったバイエルン放送響首席指揮者ヤンソンスが同年1月24&25日、ミュンヘンのヘルクレスザールで指揮した定期演奏会のライヴとリハーサルを編集した録音。1949年没のシュトラウスにとって最後の代表作(1948年)を慈しむかのようにオーケストラから極上の響きを引き出しつつ、ダムラウの美しく深い声と一部の隙なく絡み合う。世界に「マエストロ(巨匠)」と呼ばれる指揮者は少なからず存在するが、一度でも接したことのある者全員が音楽的能力の高さはもちろん、人柄の良さ、温かさを絶賛した点でも、ヤンソンスは特別な存在だった。何故か、辞世の音楽にも聴こえる。


歌曲の名ピアニスト、ドイチュと組んだ14作20曲でも、ダムラウ絶頂期の名唱を堪能できる。2011年の東日本大震災直後、米メトロポリタン歌劇場とのツアーをキャンセルすることなく、生まれたばかりの娘さんと母親を同行して来日、「ランメルモールのルチア」(ドニゼッティ)の題名役を見事に演じたり、前後してケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団と日本の童謡や唱歌を日本語で録音したり…。私たち日本人の苦境にも優しく寄り添ったディーヴァ(歌の女神)の、人間としての懐の深さにも思いが至る。

(ワーナーミュージック)




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