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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

鈴木優人&BCJ「リナルド」藤木大地や森麻季、中江早希らの傑出した歌と演技


バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が首席指揮者の鈴木優人と取り組む「オペラ・シリーズ」のVol.2、ヘンデル「リナルド」のセミ・ステージ形式上演を2020年11月3日、東京オペラシティコンサートホールで観た。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大で外国からの歌手、器楽奏者は参加できず、演奏から演出、舞台スタッフに至るまで全員が日本人のバロック・オペラで、ここまで高い水準の上演が可能になった事実を先ずは称賛し、記録にとどめておきたい。規制緩和でチケットが追加発売され、千席の定員をほぼ完売した。昨年の北とぴあ国際音楽祭で寺神戸亮指揮レ・ポレアードと国内外の歌手たち、佐藤美晴演出のセミ・ステージ上演に接した際は「今後いつ、《リナルド》の全曲に遭遇できるか保証の限りではない」と記した:

まさか1年後、単なる上演の良し悪しを超えて日本のバロック・オペラ上演、あるいはクラシック系パフォーミング・アーツの今後を占うような舞台に出遭えるとは思わなかった。COVID-19問題は今も未解決、とりわけヨーロッパでは深刻だが、この間も日本のクラシック音楽業界が〝純国産〟で高水準の公演を維持、未来に希望を託せる要素をいくつも生み出してきたことは将来、「2020年の奇跡」として語り継がれるような気さえしてきた。


9月29日、ZOOMによるテレワーク形式の記者会見が行われた際、「21世紀の忙しい観客にとって、バロック・オペラのダ・カーポ・アリア(ABAの三部形式で書かれ、2度めのAは最初のAを繰り返す形で歌われる)は上演時間を長引かせる要因で敬遠の一因にもなりますが、どう処理されるおつもりですか?」と質問した。鈴木は「オーケストラも含め、逆にそこに、エンターテインメントの可能性が秘められている気がするので、皆の知恵を集めます」と答えた。果たして、ゲームおたくの青年がRPG(ロール・プレイング・ゲーム)のフィギュアであるリナルド、アルミレーナに取り憑かれ、その世界に入り込んでしまう砂川真緒の演出と派手な照明(稲葉直人)、オーケストラのにぎやかな効果音などを通じ、「A」の繰り返しを「1粒で2度美味しい」方向で再現し続けた若い世代のアイデアは爆笑の連続でもあり、昔のバロック・オペラ上演に漂ったペダンティック(衒学的)な匂いを見事に一掃した。テーマパークのショウスタッフからオペラ演出に転じた砂川はまだ若く、助手を務める公演の方が多いようで、先輩格の菅尾友がドラマトゥルグに加わったのも功を奏した。


今年で創立30周年を迎え、創立者の鈴木雅明と行動をともにしてきた世代と、息子・優人の引きで集まった若手がうまく混ざったBCJのアンサンブルはよくこなれ、オーボエ&リコーダーの三宮正満やファゴットの村上由紀子、チェンバロの大塚直哉、リュートの野入志津子らのソロも味わい深い。鈴木の指揮&チェンバロは会見での発言通り、ヘンデルのスコアを「現代に通じるエンターテインメント」としてとらえ、緩急自在の絵巻物に仕上げた。


キャストは粒揃い。とりわけ題名役の藤木大地(カウンターテナー)とアルミレーナの森麻季(ソプラノ)、敵役アルミーダの中江早希(ソプラノ)の深く、ドラマティックな歌唱は大きな拍手を浴びた。森が歌うアリア「私を泣かせてください」はCOVID-19による待機中、自宅でピアノを弾きながら歌う画像を配信、多くの人々に希望を与えた記憶も新しく、きちんとした舞台での絶唱は一段と輝いた。中江のコミカルな演技は収穫。藤木は新国立劇場「夏の夜の夢」(ブリテン)のオベロン役も良かったが、リナルドはさらに「はまり役」だった。ゴッフレードの久保法之、エウスタツィオの青木洋也とさらなるカウンターテナー2人、魔法使いの波多野睦美(アルト)ら古楽のスペシャリストたちがしっかりと脇を固め、舞台を引き締めた。素晴らしさ、残念さが同居したのはアルミーダの相手役アルガンテのバリトン、大西宇宙(たかおき)だ。素晴らしい美声と舞台映えする容姿に恵まれて客席の耳目を惹きつける半面、ヴィブラートや音量のコントロールがまだ18世紀音楽の様式感を体得するまでに至らず、イタリア語の発音にも改善の余地がある。これに関しては休憩時間にアルト歌手のレジェンド、伊原直子さんとも話し「昔なら素材の魅力だけで絶賛されたのは間違いないのに、今は日本でもバロック・オペラの上演水準が飛躍的に向上し、より厳しいハードルを課されているから大変ですね」という点で一致した。今後に期待しよう!

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