• 池田卓夫 Takuo Ikeda

「遠野物語」を視覚化したこんにゃく座


遠野の河童(著作権フリーの画像をダウンロード)

何も考えずに出かけてみたら、そこは若いころからの自分の思い出がいっぱい詰まった玉手箱だった…。オペラシアターこんにゃく座の新作「遠野物語」を2019年2月12日、六本木の俳優座劇場で観て、そんな思いにかられた。


劇作家の長田育恵が初めて書き下ろしたオペラ台本に吉川和夫、萩京子、寺嶋陸也の3人が曲をつけ、眞鍋卓嗣が演出した。15分の休憩をはさんで2時間50分の長丁場(10時に拙宅に戻る用事があり、2幕の途中で退出したのは残念!)は最初、「船頭が多いからだろう」と考えたのだが、不思議と冗漫は感じない。むしろ「遠野物語」に流れるゆったり、穏やかな時間を慈しむかのように、日常生活と隔離された世界に誘う仕掛けだったと思えてきた。


私とは対象的に、極度の読書家だった亡父が「柳田國男全集」を愛読していた影響か、はたまた漫画「ゲゲゲの鬼太郎」で妖怪の世界に興味を持った自分自身の展開か、「遠野物語」に幼いころから大きな興味を抱いていた。就職した年(1981年)の夏、まだ新幹線開業前の東北本線を利用して三陸地方へひとり旅に出て、遠野に回った。2度目はドイツから日本に帰国して2年後(1994年)。ともに東日本大震災の前で、三陸鉄道に乗り、美しいリアス式海岸の眺めを堪能した後、遠野を目指した。2回ともレンタサイクルを借り、自分の感覚が反応するまま、妖怪の出そうなスポットを訪ねて回った。10数年間に温泉ランドができたりで多少の変化はあったものの、遠野は遠野で、なだらかな時間は全く変わらなかった。


こんにゃく座のオペラにも、同じ「尺」のテンポが流れていた。アイデアとして秀逸だったのは主役を柳田でも妖怪たちでもなく、語り継がれてきた奇妙な説話の数々を口伝えに柳田へ伝授した遠野出身の文学青年、佐々木喜善としたことだ。佐々木こそ現実と幻想、彼岸と此岸を自由に往来し、柳田をはじめとする都会の人間や後世の人々に遠野のファンタジーを伝えるメディア(媒体)だった。もしかしたら佐々木自身が、別世界からの使者だったのかもしれない。オペラを観るうち私には佐々木と同じ東北人、宮沢賢治が二重写しになった。


2月9日(土曜日)午後11時からNHKEテレが放映したETV特集「宮沢賢治・銀河への旅」を視て、あまりの感激に思わず、感想をツイートした;

《NHKのEテレ。宮沢賢治と保阪嘉内のBL説を大胆に検証。「銀河鉄道の夜」から失恋の喪失感、「アメニモマケズ」から究極の絶望を読み解いた。賢治ゲイ説はかねてあったが、これほど実証的で丁寧に、たくさんの優しさとともに究めた番組は今までなかったか、かなり珍しいのではないか?泣けました。》

現時点までに200以上の♡、170以上のリツイートと、音楽ネタでは経験したことのない数のリアクションに驚いている。佐々木喜善も宮沢賢治も、東北から別の宇宙を見ていた。


オペラも現実の人々の交流を横軸(タイムキーパー)として、説話の様々な幻想世界や伝説の縦軸を17の「場面」として織り込み、2つの異なる世界を一体に描いていく。小ぶりの芝居小屋でフルート、チェロ、打楽器、ピアノだけの伴奏だから、キャストの歌もセリフもよく聴こえる。日本語は東北の方言を多用するにもかかわらず、相変わらず明瞭に伝わる。私がこんにゃく座を初めて観た、1970年代末のメンバーはもはや歌っていないが、音楽記者になって再会した時期(1993年ころ)の主役たちがまだ健在なのも、うれしかった。


一座の精神的支柱だった作曲家、林光の理念は今も生きている。林には東日本大震災の直後、長いエッセーを新聞の文化面に書いていただいた。それは「チャリティーコンサートなら簡単にできる。でも私たちは、そうではない何か、もっと長い目でみた何かを東北の人々のために考え、しなければいけない」といった意味の文章で結ばれていた。林はその直後、路上で転倒して意識を失ったまま亡くなり、私たちの間では、このエッセーが最後の共同作業になった。なぜか東北、それも被災の中心の福島県内の仕事が増えている私の脳内では、林のコトバが今も、通奏低音のように鳴り続けている。「遠野物語」もまた、そうした理念の先に誕生した作品だろう。アリアらしいアリア、重唱らしい重唱を伴わず、セリフも多いので「これはオペラじゃない」「伴奏音楽に力を入れた演劇だ」といった意見は、当然ある。だが、西洋音楽と日本語を合体させた「音楽劇」の方法論として、こんにゃく座「メソード」は依然、かなりの説得力を持つとの認識を新たにできたのは幸いだった。3人の作曲家も理念と方法論を共有しているので、合作にありがちな「段差」を感じないで済んだ。


道ゆく外国人の比率がダントツに高く、日々、光景が目まぐるしく変わる六本木交差点近くの喧騒の中にあって、今も「芝居小屋」であり続け、「HUB」でビールを提供する俳優座劇場こそ約40年前、私がこんにゃく座を初めて観た(俳優の斎藤晴彦をアルマヴィーヴァ伯爵に起用した「フィガロの結婚」)「聖地」である。ここにも、別の時間軸があった!

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