オーケストラ三昧から一転、多彩な楽器の近現代音楽を東京、名古屋で聴き歩く週だった。
三橋貴風「尺八本曲/空間曼荼羅/四打之偈」(2021年12月13日、築地本願寺ブディストホール)
「越後鈴慕」「鹿之遠音」「通里・門附・鉢返し」「鶴門」
高橋悠治「招魂」(1967)日本初演
築地本願寺内に数か所、音楽を演奏できるホールがあるとは知らなかった。武満徹「ノヴェンバー・ステップス」の尺八独奏など、西洋楽器との共演でお付き合いのある尺八の大家、三橋貴風の独奏、合奏を交えた演奏会。この冬一番の冷え込みだった夜、尺八の素朴かつ幽玄な響きにひたすら身を委ね、様々な日本の光景を想起した。前半は合奏と独奏、後半の「鶴門」は胡弓(川瀬露秋)との共演、若き日の高橋悠治がニューヨークで作曲したまま、日本初演を失念していた「招魂」は再び尺八のソロだった。演奏は座位、最後の高橋作品だけ譜面台を置き、立奏した。オーケストラと対峙する「ノヴェンバー…」などと違い、尺八1本の現代音楽。クセナキスの確率作曲プログラムを使い、ホメーロスの「オデュッセイア」に基づく巫女の歌〜遊離した魂を呼び戻し、冥界で亡霊と語る〜を尺八に託したという手の込んだ作品だ。理解するのは難しいが、ひんやりと幽玄な感触は確実に伝わった。
「B→C#237」コントラバス=森武大和、ピアノ=高橋朋子(12月14日、東京オペラシティリサイタルホール)
グラス「ティシュー第7番」
J・S・バッハ「ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ第1番BWV.1027」
ハウタ・アホ「カデンツァ」
小室昌広「Depends on BACH」(森武大和委嘱、世界初演)
J・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲第1番BWV.1007」
ゲッダ「痛みの錬金術」
プロト「ソナタ1963」
アンコール:フランセ「モーツァルト・ニュールック」、アダム・ベン・エズラ「キャント・ストップ・ランニング」
東京オペラシティ文化財団が発足当初から続けている古典、同時代を組み合わせた若手紹介のリサイタルシリーズ「B→C」は今年、稀にみる高水準の成果を収めた。掉尾を飾ったのはオーストリア放送協会(ORF)ウィーン放送交響楽団のコントラバス奏者、森武大和。2019年のザルツブルク音楽祭、ジョナサン・ノット指揮のORF響演奏会で「若い日本人が入った!」と驚き、数週間後にウィーンで翻訳家で通訳の岡本和子さんを交えて晩御飯、今回のリサイタルに先立っては「音楽の友」誌のためにZOOMで取材、12月号で紹介した。
少し古風なチェコ製の楽器にガット(羊腸弦)成分を多く含む特殊な弦を張り、コントラバスを自由自在に操り、朗々というよりは「官能的」(あるいは「エロい」!)の域に達した歌い回しで魅了する。絶えず無限の楽しさを撒き散らし、バッハと現代の垣根を(良い意味で)鮮やかに取り払った。フィンランドのコントラバス奏者で作曲家のハウタ・アホの「カデンツァ」は1978年の全ドイツ放送連合(ARD)音楽コンクール(ミュンヘン音楽コンクール)の課題曲として作曲され、コントラバスの様々な技法を散りばめた試金石風の作品だが、森武はそこでも人間の肉声を思わせるリアルな響きを再現する。東京芸術大学の先輩に当たる小室への委嘱作品はバッハの比較的ベタな引用や鳥、風の擬音などで聴きやすさを追求、客席の緊張を和らげる効果を発揮した。特筆すべきはベルリン在住の高橋のピアノ。バッハの引き締まった様式感からプロトのジャズのフィーリングまで鮮やかに弾き分け、伴奏の域を大きく超えた積極的コミットメントに驚かされた。全席完売の客席は沸いた。
音楽クラコ座vol.10「マジカル・シンキング 呪術的思考」(12月15日、愛知県芸術劇場小ホール)
エスケシュ「暗闇の歌」
ヘーデリーン「Akt」
ジョリヴェ「リノスの歌(ピアノ伴奏版)」
ヴィヴィエ「パラミラボ」
山本裕之「境界」(2021委嘱初演)
ジョリヴェ「リノスの歌(アンサンブル版)」
音楽クラコ座:丹下聡子(フルート)、葛島涼子(クラリネット)、磯貝充希(サクソフォン)、二川理嘉(ヴァイオリン)、野村友紀(チェロ)、内本久美(ピアノ)
小櫻秀樹(代表)、山本裕之(作曲)
賛助出演:山地梨保(ハープ)、西尾結花(ヴィオラ)
愛知県立芸術大学教授の山本とは11月、神奈川県民ホール主催の「C✖️C」で初対面、「モーストリー・クラシック」誌1月号に新作の批評を書いた縁で連絡を取り始め音楽クラコ座への誘いを受けた。ちょうど愛知室内オーケストラのストラヴィンスキーPart.2を取材する前日だったので1日早く名古屋に入り、珍しい作品を聴くことができた。代表の小櫻は「まだ学生時代、池田さんとメールを何度か交換しました」と、懐かしそうに迎えてくれた。
フルートの丹下が手際よく楽曲を解説しながら、ジョリヴェを軸にした音の万華鏡を奏でた。エスケシュのクール、エレクトロニクス系の発想がいつしか自然界の響きに転換するヘーデリーン、エキゾチックな中に怖さを漂わせたヴィヴィエ…の中にあって、2通りの編成で演奏されたジョリヴェの名作(これもパリ音楽院のコンクール課題曲だ)が独特の躍動するリズムで高揚感、官能性を輝かしく放つ。山本のアルト・サクソフォン、バス・クラリネットのための委嘱新作は「聖界と俗界を区別する領域の概念」である「境界」を捉え、「巫女や遊行女婦(うかれめ)、僧侶といった境界に生きるマジカルな人々の機能」を描く。なんと、三橋が尺八で吹いた高橋作品のギリシャの巫女が2本の西洋管楽器に憑依して、尺八のような響きを繰り出しながら2021年の名古屋に舞い降りたのであった!
演奏は地元ベースのチーム。作品を深く理解し、説得力があった。ここでも同時代音楽への長年の傾倒を感じさせるピアニスト、内本の存在が貴重に思えた。
愛知室内オーケストラ「ストラヴィンスキー没後50年記念コンサートPart.2」(12月16日、三井住友海上しらかわホール)
指揮=山下一史、コンサートマスター=森下幸路
ストラヴィンスキー 七重奏曲 組曲「兵士の物語」 12楽器のためのコンチェルティーノ 組曲「プルチネルラ」
アンコール: 「ラグタイム」
音楽サイト「FREUDE」の連載「愛知室内オーケストラ挑戦の記録」のために取材。11月8日の愛知県芸術劇場コンサートホールの「ストラヴィンスキー没後50年記念コンサートPart.1」は先日、アップした:
ゲネプロから立ち会ったが、次期音楽監督に内定した山下とのコミュニケーションが3度目の共演で緊密の度を増し、かなり踏み込んだ意見の交換もみられるようになった。今回のプログラムには室内楽として、指揮者なしで演奏することも可能な曲も含まれる。そこに指揮者が加わると、個々の奏者の「合わせる」ことへのオブセッション(強迫観念)が弱まり、より自在なソロや即興を披露できる現象は発見だった。
予定していたゲストコンサートマスターが替わり、森下に声がかかったのは本番1週間前。レアなプログラミングだけに「短時間の準備で全曲のリードは難しい」といい、「兵士の物語」のヴァイオリンには愛知室内オーケストラの楽員、大澤愛衣子が抜擢され、目覚ましい成果を収めた。「前回と2回連続で1人の作曲家の難しい作品と向き合い、大きな山登りをともにしながら、ストラヴィンスキーの語法への理解を深めた」(山下)成果が確かに現れた場面、といえた。
ホルン首席の向なつきの確信に満ちたソロには、前週の福川伸陽との共演から得たアイデアが着実に生かされていたのをはじめ、多種多様な経験の連続が、オーケストラに新たな波動を与えつつある。山下のダイナミック、グルーヴ感あふれる音楽を全身で受け止めつつ、アンサンブルも日増しに精度を高めているのが、わずか3回の定点観測でも、はっきりと感知できた。
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