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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

見かけは卒業試験かコンクールながら、強者ぞろいの園田高弘メモリアル2019

更新日:2019年10月14日


この見出し自体、かなり失礼である。昭和の大ピアニストで日欧を股にかけて活躍した園田高弘(1928−2004)の薫陶を受けた中堅世代の実力派ピアニストが一堂に集い、没後10年の2014年に始まった「メモリアル・シリーズ」も今年で6回目。没後15年の今年は10組11人の名奏者がローベルトとクララのシューマン夫妻、ブラームス、リストの「ロマン派撰集」で競い合った。出演者と楽曲はトップ画像に収めた白黒のプログラム画像の通り。もはや音楽大学の教授クラスとなった彼らを学生時代、コンクール参加時代、インディーズレーベルからのデビュー盤発売当時などから知る1人としては、父兄参観に近い気分を味わった。今や全員が大変に立派な解釈者に育って故人の名を汚さないどころか、後世に伝えて余りある高水準の秀演の連続に深い感慨を覚えた。



最晩年(2002年)の園田先生と

サラリーマン記者時代の2000年2月。「日本経済新聞」朝刊文化面の長寿コラム「私の履歴書」の執筆を最初に担当したのが、園田高弘だった。前年の秋の多忙なシーズンを縫い、1回きっかり2時間ずつ8回、延べ16時間のインタビューを目黒区内の園田邸で行い、今は数少なくなった速記者がテープ起こしした文面をもとに日毎の原稿を書き、ご本人の手を入れて1か月間、連日掲載した。新聞に載らなかった部分も合わせての完全版は園田の死後、春子夫人の献身的な協力により、春秋社から単行本「ピアニストその人生」として出版された。晩年は一切の教職から退き、「自分の音を本当に良くすることだけに専念」(園田自身の言葉)したが、ピアニストに限らない若い世代の演奏家を個人的に指導、折に触れて共演もして、トッパンホールをはじめとするプロデュース公演に積極的に起用した。中には「どうして、こんな人とまで?」と疑問を抱かせる共演もあったが、園田は「今わからなくても僕が死んだ後、きっと理解する日がくる」と信じ、長年の演奏生活を通じて身に付けてきた解釈の極意を惜しげもなく伝えていた。


20年ほどが経ち、園田の撒いた種は大輪の花を咲かせつつある。たいがいのガラコンサートの場合、女性の後塵を拝することの多い男性奏者たちが充実した演奏と、巧みなピアノの扱いで存在感を示したのも今年の収穫だった。女性たちは相変わらず、たくましかった。


ピアニストは出演順にドゥオール(白水芳枝&藤井隆史)、髙橋望、平井千絵、三木香代、青柳晋、大崎結真、島田彩乃、新納洋介、川井綾子、松本和将、岡田将。岡田の譜めくりを新納が務めるという豪華な場面に至るまで、それぞれの確かな円熟をしかと印象付けた。



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