気圧変動が激しいせいか、昨日から今日にかけ変なテンションに振り回されていたのだが、2人の若い指揮者の素晴らしい音楽に触れて、かなり気分が上向いてきた。
2019年1月9日。最初の演奏会は午後2時、横浜みなとみらいホール大ホール。神奈川フィルハーモニー管弦楽団の第14回フレッシュ・コンサート「ニューイヤー・フレッシュ・コンサート」で、1987年生まれの沖澤のどかが指揮。夜の演奏会は午後7時、サントリーホール。読売日本交響楽団の第628回名曲シリーズで1980年生まれのドイツ人、ハイデルベルク市立劇場音楽総監督(GMD)のエリアス・グランディが指揮した。
沖澤の指揮は2018年の第18回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で第1位を得た当時に比べ肩の力が抜け、持ち前のダイナミックなアプローチが精彩あふれる音楽を自然にオーケストラから引き出す。2019年の第56回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝でも弾みがついたのだろう、冒頭のベートーヴェン「オペラ《フィデリオ》序曲」、続いてLEO(今野玲央)が箏の独奏に加わった宮城道雄(池辺晋一郎による管弦楽編曲)の「春の海」で、緩急自在の棒さばきが光った。LEOのソロによる藤倉大の「竜」も面白い曲だ。鎌倉市出身、東京藝術大学修士課程に在学中の和田華音が独奏したショパン「ピアノ協奏曲第1番」の第3楽章は懸命の演奏だったが、個性の発露という点では物足りない。沖澤も同じホールで3か月前に同じ曲を指揮した原田慶太楼に比べると、楽譜に書かれていないポーランドの民族舞曲の要素の掘り下げが浅かった(原田は「ポーランド音楽マニア」を自認しているので、気の毒な比較だとは思うが…)。
後半は悦田比呂子(ソプラノ=ロザリンデ)、小田切一恵(ソプラノ=アデーレ)、武田直之(バリトン=アイゼンシュタイン)を迎えたJ・シュトラウスⅡの「オペレッタ《こうもり》」ハイライト。神奈川フィルの音楽主幹、榊原徹が指揮者としてオペレッタを数多く手がけた成果なのか、約40分で10のナンバーを演奏した中にシュトラウスの単独のポルカを2曲、スッペ「ボッカチオ」から「桶屋の歌」も含めるなど、ウィーン・オペレッタのパノラマに仕立てていた。ソリストも芸達者だったが、ホールが大きいのでセリフは大変で、10日前にミューザ川崎の「ジルべルター・コンサート2019」の「こうもり」ハイライトと同様、PA(音響補助)を使用した方が、分かりやすかったのではないか? アンコールのシュトラウスⅠ「ラデツキー行進曲」では再び沖澤のリズム感が弾け、客席からの手拍子のリードも堂に入ったものだった。ますます、楽しみな存在になってきた。
グランディと読響の演奏も「こうもり」序曲で始まった。極めて率直に申し上げて、オーケストラの性能が格段にいい。グランディは2015年にフランクフルトのショルティ国際指揮者コンクールの第2位受賞者だが、元はチェロ奏者でパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)札幌のオーケストラ・アカデミーにも参加した経験がある。2012−2016年にダルムシュタット市立劇場のカペルマイスター、2015年からハイデルベルクのGMDを務めるなどオペラの分野で頭角を現したキャリアを反映、序曲1つからも全曲の様々な場面のエッセンスを的確に引き出す。今回のゲストコンサートマスター、林悠介もヴッパータール交響楽団のコンマスなので、ドイツのカペルマイスターの振り方を良く知っている。
実年齢より若く見えるグランディが迎えたソリストが日本ヴァイオリン界のレジェンド、前橋汀子という人選は興味深い。昨年末のJ・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全曲演奏会も壮絶だったが、今回は一転、サン=サーンス「序奏とロンド・カプリチオーソ」、マスネ「オペラ《タイス》から《瞑想曲》」、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」とラテン系のヴィルトゥオーゾ・ピースで、圧倒的な存在感を放った。いずれも若い頃から弾き込んできた作品だが、脱力が行き届き、一段の自由を獲得しながらもオーケストラと深く呼吸を一致させ、オペラ歌手顔負けの歌心をとことん発揮する。グランディの「付け」も巧みで、前橋も「チェロをやっていたというけど、それにしても、弦のことをよく理解しているわ」と感心していた。林の右隣で弾く読響コンサートマスターの長原幸太は少年時代(10歳以前)、前橋のレッスンを受けたという。だが、何か素っ気ない。「汀子さん、あの髭面のおじさん(失礼!)、幸太クンだよ」と耳打ちしてやっと、「感動のご対面」が実現。最後は「あんまり変貌していて、分からなかったわ」「読響さん、創立直後から共演しているのよ」などなど、またしても驚愕の発言が続き、恐れ入りました!
後半はモーツァルト「交響曲第35番《ハフナー》」、ラヴェル「ボレロ」と、さらに名曲指数?が上がる。モーツァルトは対向配置でもないし、ティンパニもモダンだが、フレーズの強弱法やリズム処理の随所に「アーノンクール以後」の世代の洗練された様式感が漂い、生命力がみなぎる。「ボレロ」でリズムの切れ味は一段と冴え渡り、読響首席奏者たちのソロをきっちりと光らせる。一貫してキビキビと進めるなあと思っていたら転調の瞬間、往年のロリン・マゼール指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(旧EMI)の怪演も顔負けの大胆なルバートが現れ「ムム、やりおるな」と苦笑した。最後の着地も決まり、グランディは確かな才能と手腕を印象付けた。新年にふさわしく希望に満ち、輝かしい演奏会だった。
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