• 池田卓夫 Takuo Ikeda

絶不調の縁からドラマを立ち上げたプリマドンナ


最初は20年前の悲劇を思い出していた。1999年の新国立劇場の「蝶々夫人」(プッチーニ)は一つ前の栗山昌良演出の再演。バタフライで世界の歌劇場を制覇した渡辺葉子が闘病の身をおして出演したが、3回目の上演の第1幕で力尽き降板、引退した(2004年に51歳で死去)。現在の栗山民也演出は2005年の初演以来7度目の本公演。高校生のための上演や地方公演を入れると、新国立劇場オペラで最も親しまれた舞台である。今回は指揮にイタリアでオペラの巨匠の域に達したドナート・レンツェッティを迎え、「蝶々夫人」の論文で東京藝術大学博士課程を修了、イタリア各地のコンクールで優勝し、バタフライのスペシャリストと目される佐藤康子の主役、初役のピンカートンで待望の日本デビューを果たしたスティーヴン・コステロを前面に立てた再演だった。


コステロは今年4月にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」(ヴェルディ)のアルフレード役を聴いたばかり。いかにもアメリカン、スポーティーな風貌はピンカートンの「ホンマもん」感をいやが上にも高め、声楽的にも今を盛りの華を存分に振りまいた。


だが肝心のプリマドンナが、絶不調の崖っぷちに立っていた。嫁入りの登場場面からして音程が定まらず、最高音をヒットしないばかりか、揺れる。第1幕幕切れのピンカートンとの愛の二重唱も高音を避け、フレーズを短めに切るので、盛り上がらないまま終わった。レンツェッティも東京フィルハーモニー交響楽団を見事にイタリアオペラの世界に導いた半面、佐藤のコンディションを慮ってか慎重な棒さばきで、緊張感が犠牲になった。


「これは大変だ」「なぜ不調をおして歌う旨、アナウンスをしないのか?」と休憩時間には思い、「せめてアリア、《ある晴れた日に》だけでも無難に歌ってほしい」と祈るような気持ちで、第2幕に臨んだ。佐藤は少しずつテンションを上げながら、アリアを無事に歌い終わった後は、今までの研究と実践を通じて作品を知り尽くし、イタリアを拠点に活躍する強みが徐々に発揮して、自力でドラマをみるみる立て直していった。イタリア語の発音でも、群を抜く。レンツェッティの指揮もオーケストラの響きも、第1幕とは比べものにならないほど生気にあふれている。マエストロは熱血ではなく叙情の繊細な音楽として、プッチーニのスコアを再現する。がさついていた客席も次第に悲劇へと引き込まれて静まりかえり、幕切れには熱い拍手と歓声が待っていた。つくづく思う。オペラは、なまものだ。


自分自身を追いつめ不調の縁から這い上がり、次のリベンジへと期待をつないだ佐藤の頑張りには、やはりbravaを捧げたい。渡辺葉子の悲劇の再来にならなくて、本当に良かった。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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