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  • 池田卓夫 Takuo Ikeda

素晴らしい音楽と演奏だったが、もどかしいオペラ「リトゥン・オン・スキン」


MVPは村上公太!

ウィーンから戻った当日の2019年8月29日、サントリーホールのサマーフェスティバルで「傑作」の呼び声高いマーティン・クリンプ台本、ジョージ・ベンジャミン作曲のオペラ「リトゥン・オン・スキン」(2012)日本初演(2日目)を今年の「ザ・プロデューサー」である大野和士の指揮、東京都交響楽団の管弦楽で聴いた。ヨーロッパの演劇界で頭角を現した「舞台建築学博士」の針生康(はりゅう・しずか)が舞台総合美術を担当したセミ・ステージ形式上演。プロテクターのアンドルー・シュレーダー(バリトン)、妻・アニエスのスザンヌ・エルマーク(ソプラノ)、第1の天使/少年の藤木大地(カウンターテナー)が舞台背後に映される映像と同じ衣装でやや積極的な演技、第2の天使/マリアの小林由佳(メゾソプラノ)、第3の天使/ヨハネの村上公太(テノール)がシンプルな衣装で控えめな動作、ダンサーの遠藤康行、高瀬譜希子が天使役で舞台狭しと動き回る。


最も感銘を受けたのはベンジャミンの音楽&音響のセンス、大野と都響、声楽ソリストたちの演奏水準の素晴らしさだった。100分間休憩なしの音楽は一瞬も緊張を失わず、鋭さだけでなく美しさでも、聴く者の耳を釘付けにする。近現代の作品における大野の譜読みの確かさ、再現能力の高さは今回も大きな力となり、音楽監督を務める都響の潜在能力を極限まで引き出した。日本人キャストは長く役を歌い込んできた外国人ゲスト2人の説得力に満ちた歌唱と比べても、全く遜色ない出来栄え。中でも村上はジョン・健・ヌッツォ降板から僅か1週間でベンジャミンの複雑なスコアを読み込み、代役以上の成果を上げて立派だった。


800年前と現在を往来させる設定、「it is said」と伝承系の3人称で書かれ反復の多い台本が凝ったつくりなのは理解できる。しかし、プロテクターが妻と少年の不倫に激怒して少年を殺害、遺体の心臓の肉を妻に食べさせ、妻の現代の分身であるアニエスがバルコニーから身を投げ、転落する姿が夜空に永遠にとどまっている姿を暗示する少年の描いた絵が示される結末の後味は、いかがなものか? 武田泰淳の小説を團伊玖磨がオペラにした「ひかりごけ」、ギュンター・グラス原作でフォルカー・シュレンドルフが監督した映画「ブリキの太鼓」などの先行作品を最初に鑑賞したときとは微妙に異なる、現代の病に思いが至った。現代部分に登場する「マイレージの特典」など今風の表現の賞味期限は、意外に短いのでは?


針生の制作した映像は素晴らしく具体的で、プロテクターと妻は現実の歌手と全く同じ衣装をまとい、「のっぺらぼう」のマスクで筋書き通りに演技する。画面左上には、日本語対訳の字幕がはめ込んである。さらにダンサーが事細かに、ストーリーの説明を加えていく。ならば生身の歌手にまで、演技をさせる必要はないのではないか? 燕尾服とドレスで動きを抑えた方が、映像やダンスは生きたはずだ。あまりに情報過多の演出は乱反射気味といえ、ドラマトゥルギー(作劇術)の求心力を弱めていた。針生が舞台建築の分野で傑出した才能という実態は十分に理解できたが、一般の観客がオペラに求める演出の方向性が定まらなかった。ひとえに演出家としての経験不足であり、今後の展開に期待したい。歌手とダンサー、映像が重複しながら「これでもか」とばかりにストーリーを説明する状況に、終演後の酒場で苦言を呈していたところ、たまたま通りがかった指揮者で作曲家、チェンバロ奏者の鈴木優人が「池田さん、今の若い子って複数のスマホやタブレットを持ち歩き、始終それぞれをチェックしているでしょ? たぶん、その感覚ですよ」と、うまい説明をしてくれた。

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