毎年第1四半期(1ー3月)に開催される「都民芸術フェスティバル」は1968年(昭和43年)、前年に日本社会党と日本共産党の推薦で当選したマルクス経済学者の美濃部亮吉都知事の肝煎りで始まった文化イベント。高度成長期の潤沢な予算を年度末に大判振舞する〝ばら撒き福祉行政〟の典型だったが、とにかく芸術団体に多額の補助金を出し、一流の演奏家を低廉な入場料金で聴けるのは貧乏学生、年金生活者らにはありがたく、私も長く恩恵にあずかっていた。音楽は在京オーケストラの名曲コンサート、二期会や藤原歌劇団などのオペラが中心で、何年か前に日本演奏連盟主催の室内楽が加わった。今年の入場料は指定席=3,000円、学生(25歳まで)指定席=2,000円と、相変わらずありがたい設定。コロナ禍で外出を控えがちなシニア層も、思わず出かけたくなる水準に抑えられている。
2022年1月31日、東京文化会館小ホールの「室内楽・シリーズNo.21」は竹澤恭子のヴァイオリン、江口玲のピアノによる「デュオの世界」。フランス語圏の作品を特集、ドビュッシーの「ヴァイオリン・ソナタ」とサン=サーンスの「同第1番」が前半、フランク生誕200年記念の「ヴァイオリン・ソナタ」が後半。アンコールにショパンの「夜想曲第21番(遺作)」のヴァイオリン&ピアノ編曲、ドビュッシーの「美しい夕暮れ」が奏でられた。江口が持ち込んだピアノは1891年カーネギーホール開館時、舞台の上にあったという1887年製のニューヨーク・スタインウェイ。一瞬たりとも練習を怠らない竹澤はステージに現れる寸前まで音程を確かめ、休憩時間に次の曲をさらうが、あまりに豊かな音量でガンガンと鳴り響くので、びっくりした。
2020年のベートーヴェン生誕250年、竹澤と江口は東京・晴海の第一生命ホール(トリトン)で久しぶりに共演した。同年3月、私がトリトン・アーツ・ネットワークのホームページのために行ったインタビューで竹澤は江口のことを、次のように語っていた:
「江口さんは17年前の(ベートーヴェン)全曲シリーズだけでなく、30数年前のジュリアード音楽院の留学生時代から共演を重ねてきた貴重なパートナー。ともにレパートリーを広げながらプライベートでも交流、人間的なコミュニケーションを深め、共通の基盤を理解してきました。私は日本、米国、フランスを拠点に世界各地で演奏を続け、他のピアニストとも共演しますが、久しぶりに江口さんと出会うと新しい発見も多々あって、豊かな音楽のアイデアが実るのです」
今回も、全く同じケミストリー(化学反応)が一種の凄みとともに全開した。2人とも、譜面台にはiPad。ドビュッシーは一点も媚びない辛口演奏ながら、十分に妖艶だ。サン=サーンスはベートーヴェンの場合と明らかに異なるフランス音楽特有の音色、軽やかな身のこなしが一段と鮮明になり、とりわけ弱音のニュアンスの豊かさに聴き入った。終楽章のどこまでも高揚していく感覚も素晴らしかった。フランクではヴィンテージ・ピアノの語りかける音色とタッチの味わいが最大限に生きた。竹澤はいつもながらの全力投球ながら、ふとした瞬間にサラッとポルタメントをかけるなど、演奏を心から楽しむ余裕がさらに増していた。これほどまでにヴァイオリン、ピアノの力量が一致したフランクは、滅多に聴けない。
2曲のアンコールのうち、竹澤が「コロナ禍で亡くなられた方への思いもこめて」とアナウンスした上で弾いたショパンは深々とした祈りに満ち、しみじみと心に落ちる音楽だった。
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