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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

秋山&日本センチュリー響→髙橋&大阪響→坂入&名古屋フィルのキャラバン


仙台フィルのみ聞き逃した

文化庁が企画した「大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業」の一環で日本オーケストラ連盟が主催、加盟21団体が全国37会場の計47公演を分担する「オーケストラ・キャラバン」の東京公演。2021年8月17ー20日の4日連続、東京オペラシティコンサートホールで日本センチュリー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、大阪交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団の4団体が出演した。老舗2団体と比較的新しい2団体、ベテランから中堅、新進とバラエティ豊かな指揮者、ソリストの豪華な聴き比べを低廉な価格設定で楽しむ趣向。私は18日に読売日本交響楽団の別公演を聴き、19日からは富山県へ出かける予定だったが、コロナ禍の緊急事態宣言延長を踏まえ長距離の移動を断念した結果、仙台フィル以外の3公演を聴くことができた。ミューザ川崎シンフォニーホールの夏祭り同様、それぞれの終演後に発信したTwitterと寸評を列挙し、まとめ記事にする。


日本センチュリー交響楽団(8月17日)

指揮=秋山和慶、ヴァイオリン=竹澤恭子、コンサートマスター=後藤龍伸

ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」「交響曲第1番」

ソリスト・アンコール:J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番〜サラバンド」、オーケストラ・アンコール:シューベルト「《ロザムンデ》間奏曲第3番」

ヴァイオリンの女王、竹澤恭子が独奏するブラームスの協奏曲作品77。昨年の熊倉優(新日本フィル)は息子、今夜の秋山和慶(日本センチュリー響)は父の年齢。前者ではぐいぐいと引っ張り、後者は大船に乗った感覚でとことん歌い込む。解釈の基本は揺るぎないのに、この振れ幅の大きさ。さすが女王様!


1989年に「大阪センチュリー交響楽団」として発足、2011年に現在の名称に変わり、2019年に創立30周年を祝った。2管の室内管弦楽団編成を基本とするが、今回は「ミュージックアドバイザー」の肩書きを持つ長老、秋山が全員のポテンシャルを巧みに引き出し、芳醇かつ室内楽的妙味に富むブラームスを聴かせた。竹澤のソロは隈取りがはっきり、名器を存分に鳴らし、意思の強い音楽をホールの隅々まで届ける。ツイートでも触れたように、昨秋の熊倉優指揮新日本フィルハーモニー交響楽団との共演でみせた積極的リードは影を潜め、〝協奏曲名人〟とも呼ばれる秋山の棒にすべてを委ね、とことん歌い上げる姿勢に転じた。とりわけ第1楽章のカデンツァからコーダにかけての悠然とした、深い彫り込みは竹澤が到達した現在の境地を雄弁に物語っていた。オーケストラの熱気も、ものすごかった。


大阪交響楽団(8月19日)

指揮=髙橋直史、ソプラノ=並河寿美、コンサートマスター=森下幸路

シェーンベルク「浄められた夜」(弦楽合奏版)「6つの歌(作品8)」

マーラー「交響曲第4番」

今夜の大阪交響楽団東京公演@operacity_hall の女王様はソプラノ並河寿美。シェーンベルクの歌曲作品8の激烈、マーラー第4交響曲のちょっぴりアイロニカルな憧憬を見事に歌い分けた。指揮の髙橋直史も、素晴らしく緻密な響きを統御。世界にはまだまだ、凄腕の日本人マエストロが潜んでいるらしい。


1980年に「大阪シンフォニカー」として発足、2010年の創立30周年を機に現在の名称に変え、商標登録を済ませた。髙橋は東京藝術大学音楽学部大学院からミュンヘン音楽大学へ進み、読響を指揮した小林資典と同じようにドイツ語圏の歌劇場でカペルマイスター(楽長)コースを歩んだ。ドイツ&チェコ国境のエルツ山地、ドイツ側のザクセン州にあるエルツゲヴィルゲ劇場+管弦楽団(Erzgebirgische Theater + Orchester GmbH)で音楽総監督(GMD)首席指揮者を務めた後、日本へ本拠を移し、現在は金城学院大学文学部音楽芸術学科教授。東京藝大同期の間では早くから実力を認知されていたらしいが、一般には全く無名の指揮者であり、風貌も地味な実務家といった感じだ。ところが「浄夜」を振り出したとたん、大響がかつてないほど緻密で豊潤、たっぷりロマンティックで、ほんのり温かみも漂わせたアンサンブルを奏でるのに驚嘆した。弱音の美しさも特筆に値する。声楽と一体の音楽づくりにも隙はなく、交響曲でのペース配分やドラマトゥルギー、フレーズの特徴を際立たせるブレスのいずれもが、極めて自然に処理されていく。第2楽章あたりに至り、髙橋がシェーンベルクとマーラー一体の時代精神、音世界を意識した視点も明確となった。


並河が大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスの合唱団からソロに抜擢され、初めて主役に挑んだ栗山昌良演出、広上淳一指揮の「トスカ」(プッチーニ)に私が感心したのは1997年4月、もう四半世紀近い歳月が流れている。2011年4月のズービン・メータ指揮NHK交響楽団の東日本大震災慰霊「第九」のソプラノ、2020年の堺シティオペラ「アイーダ」、2021年の兵庫県立芸術文化センター「メリー・ウィドウ」など、今や日本を代表するプリマドンナの筆頭格だ。初挑戦のシェーンベルクも「マエストロからご提案いただいた曲でしたが、音源を聴いて直感的に『しっくりくる』と思い、冒険を決めました。マエストロの的確なご指示で、オケ合わせ初日から不安はすっかりなくなり、緊張感の中、とても楽しんだ本番でした」と振り返り、新境地への手応えを覚えたようだ。ドイツ語の発音は明確、大管弦楽と堂々わたり合うだけの声量もあり、珍しい作品を魅力たっぷりに再現した。


名古屋フィルハーモニー交響楽団(8月20日)

指揮=坂入健司郎、サクソフォン=堀江裕介、コンサートマスター=日比浩一

ボロディン「交響詩《中央アジアの草原にて》」

グラズノフ「サクソフォン協奏曲」

チャイコフスキー「交響曲第4番」

アンコール:チャイコフスキー「バレエ音楽《白鳥の湖》〜《スペインの踊り》」

坂入健司郎が東京オリンピック終了を機にサラリーマンとの二足の草鞋を卒業、指揮者一本に退路を断って最初の演奏会は名古屋フィルとのロシア音楽プロ。2日目に当たる東京公演を聴き、予想を超えた成功に嬉しくなる。チャイコフスキー4番に、フェドセーエフから授かった最良のエッセンスを実感した。


1988年生まれの坂入は慶應義塾大学経済学部を卒業して(株)ぴあに就職、一時はスポーツ庁へ出向するなどサラリーマン稼業を続けながら、若手奏者や学生オーケストラ出身者を中心に東京ユヴェントゥス・フィルハーモニー管弦楽団、川崎室内管弦楽団などを組織し、指揮者の頭角を現してきた。私たちも過去7−8年、坂入の〝追っかけ〝を続けてきた。今回、仕事で関わった東京オリンピックの終了を見届けて退職、指揮に専念して最初の演奏会が名古屋、東京での名古屋フィルだった。ロシア音楽で固めたプログラムは明らかに、指揮の手ほどきを受けているマエストロ、ヴラディーミル・フェドセーエフを意識したものだ。


オーケスストラは第1、第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置。かつてネーメ・ヤルヴィに取材したとき「オーケストラのパワーは弦で決まる。管は弦の素晴らしい絨毯の上の、美しいトッピングなのだよ」と教えられた。坂入も弦アンサンブルの過剰な帳尻合わせを巧みに避け、様々な音の交錯で響きを豊かに膨らませる行き方で、ロシア音楽の暖色系の感触をつくり出した。それがボロディンで名フィルの管楽器の妙を際立たせ、グラズノフでソリストの繊細な味わいを引き立てた。管楽器のパワーを徹底して誇示、けばけばしくけたたましい音楽に堕しがちな「第4」交響曲においても、坂入は弦の絨毯を一貫して尊重、低く落ち着いた土台の上に、チャイコフスキーの構築的シンフォニー書法に相応しい音を重ねていく。特に第3楽章で示した多彩なニュアンス、音の動きは滅多に聴けない類の再現だった。最終楽章はさすがに「若さ爆発」となり、名古屋フィルも全身弾きで応じたが、それでもフレーズを煽ったり弾き飛ばしたりの爆演には陥らず、独特の音感と明確なブレスを一貫して保ったのは立派。アンコールに「スペインの踊り」が熱狂的に奏でられると客席の興奮もマックスに達し、楽員が退出した後、坂入が再度ステージに呼び戻された。


プロ一本立ち初回の大成功。単なるビギナーズ・ラックなのか、さらなる飛躍の始まりなのか、それは誰にもわからない。だが、素晴らしい第1歩を記したことだけは間違いない。





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