• 池田卓夫 Takuo Ikeda

神奈川フィル 「静、愛と死」〜能とオペラ融合の幻想世界、無観客上演配信


無観客が残念な神奈川県民ホール大ホール

神奈川県が「東京2020NIPPONフェスティバル 共催プログラム」の一環で主催した「静、愛と死〜能とオペラの融合による創作舞台」を2021年8月7日、神奈川県民ホール大ホールで取材した。神奈川フィルハーモニー管弦楽団音楽主幹の榊原徹の企画・構成・演出。能の「船弁慶」を前半、オペラ「静と義経」(1993=なかにし礼台本、三木稔作曲)抜粋を後半とする2部構成、源義経と静御前の悲恋を共通の題材とするだけでなく、オペラの中に能師の創作舞踊を挿入した本格的なコラボレーションだ。近くの横浜スタジアム周辺は野球の決勝戦当日の熱気に包まれていたが、県民ホールのオペラも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)再拡大を受け、オリンピックと同じく無観客上演、YouTubeを通じたライヴ配信に替わった。伝統楽器や和装を交え、日本の古典劇である能、西洋から入ってきたオペラの日本的展開、両者の融合を一つのパッケージにまとめたアイデアは秀逸であり、客席に外国からのゲストを迎えることが実現していたら、かなり喜ばれたのではないか?


「船弁慶」には鎌倉能舞台の一座が出演。シテの中森貫太はオペラにも現れ、静御前の「白拍子」に基づくオリジナルの舞を披露した。オペラ「静と義経」は鎌倉芸術館のオープン記念演目として初代館長のなかにしが自ら台本を書き、榊原の義父に当たる三木に作曲を委嘱した全3幕の大作。東京初演はなかにしの亡くなる前年の2019年3月まで持ち越され、日本オペラ協会が創立60周年記念公演として新宿文化センターで上演した。今回のダイジェスト上演も義経の中井亮一(テノール)、静の母である磯の禅師の向野由美子(メゾ・ソプラノ)、源頼朝の森口賢二(バリトン)、指揮者の田中祐子が2年前のキャストを踏襲、静の砂川涼子(ソプラノ)、管弦楽の神奈川フィルが新たに加わった。日本オペラ協会総監督のメゾ・ソプラノ歌手、郡愛子も「オペラアドバイザー」のタイトルで協力している。オケ中に入った邦楽器チームは二十弦箏が山田明美、薩摩琵琶が櫻井亜木子、小鼓が藤舎花帆。


歌手たちは大健闘した。首都圏でもいくつかのオペラ上演が関係者のコロナ感染などで中止に追い込まれるなか、無観客でも公演の成立した安堵感と喜びを胸に、配信画面の向こうにいる「お客様」めがけて全身全霊こめ、迫力と存在感のある歌、演技を披露した。初役の砂川、さすがにソプラノ最高音域に入ると何を歌っているのか判然としなくなるが、全体的には日本語の発音も声も美しく、静御前に限らず、日本の創作オペラへの適性を改めて示した。田中も作品を深く究め、神奈川フィル(コンサートマスター=﨑谷直人)からダイナミックかつ繊細な音を引き出した。基本はオペラ上演なので、オーケストラ演奏会の際の反響板がない上、舞台後方に位置していたので、榊原や田中は「聴こえるだろうか?」と心配もしたらしい。神奈川県民は1970年代完成の多目的ホールの典型で残響が短かめ、満席だと「デッド(乾いている)」な音だからだ。ところが、こういうのを「怪我の功名」というのだろう。客席に誰も座っていないと程よく響き、分離も明瞭になるので日本語が良く聴こえたし、配信のプラスにもなったはずだ。


映像にはさらなる編集を加え、YouTubeの「【公式】神奈川フィル・チャンネル」

https://www.youtube.com/user/kanagawaphilharmonic

で公開する予定。今後の再上演に際しては、全体のサイズをさらに刈り込み、英語と日本語の字幕を用意すれば、世界のどこへでも持って行けるプロダクションになるだろう。

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