• 池田卓夫 Takuo Ikeda

田崎悦子とカイヤ・サーリアホ〜2人の女神が降臨した6月6日の東京文化会館


同じ建物内で開演時刻が1時間違い

昔の日本では「6歳の6月6日に稽古を始めると上達する」と言い伝えられ、昭和〜平成の大ピアニスト園田高弘氏も「その日ピアノを始めた」と話していた。6歳の10倍、還暦を迎えた東京文化会館では2021年6月6日、大小両ホールで祝典にふさわしいイベントがあった。


1)田崎悦子ピアノリサイタル「Joy of Music[全3回シリーズ]第1回 Joy of Bach」

(2021年6月6日午後2時、東京文化会館小ホール)

田崎は1941年9月6日生まれだからマルタ・アルゲリッチより3か月と1日だけ若く、ともに今年、傘寿(80歳)を祝う。腕っぷしが全く衰えていないのも同じ。田崎のシリーズは全3回で会場を一貫して東京文化小ホールとし、今年11月14日の第2回がブラームスの作品116から119までの全曲、2022年6月5日の第3回がシューベルト最後の遺作ソナタ3曲(D.958-960)と若手でも尻込みしそうな重量級プログラムに挑む。初回はJ・S・バッハの「パルティータ」全6曲のうち3曲を第1番、第6番、休憩、第4番の順に弾いた。


使用楽器はベーゼンドルファー。譜面を立て、譜めくりを従えての演奏の真意は次第に明らかとなる。第1番はコロナ禍もあり、久しぶりの東京での演奏にペースを掴みかねたのか、田崎にしては慎重、おとなしい運びと思えた。だが第6番で状況は一変、ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、時に獰猛、時に慟哭、時に喜びの爆発…と瞬間ごとにドラマの光景が大きく変化&変遷していく「悦子ワールド」が巨大な姿を現した。18世紀音楽の則(のり)を超えてロマンティックに響いたとしても、アーティキュレーションやフレージング、リズム、ごく控えめなペダリングなどを通じ、様式の逸脱を感じさせないのがベテランの至芸といえる世界だ。暗譜ができていないわけではなく、左手に比べ右手に即興の余地が多く残されているバッハの譜面から最大限の自由を得るための〝計画的犯行〟?だったと理解する。


「6番とともに最も劇的で、大河ドラマのように人間劇を展開させる」と自身がプログラムで述べた通り、第4番は「威風堂々」のニ長調という調性も相まって、巨大な音楽劇の伽藍を現出させた。ベーゼンドルファーから分厚い音のソノリティだけでなく、透明にきらめく弱音も引き出し、バッハの様式との一致点まで設定できる演奏力の高さは健在どころか一段と冴え、とりわけ左手の強靭な支えはアルゲリッチにも匹敵する。絶えずリスクをいとわない演奏姿勢は時に「ヒヤリ」とするスリルも伴うが、危険な一瞬も含めたすべてが、田崎悦子のピアノをライヴで聴く醍醐味であり、一度ハマったら抜け出せない魅惑の迷宮である。


2)東京文化会館舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉オペラ「Only the Sound Remainsー余韻ー」(カイヤ・サーリアホ作曲)全2幕日本初演

(2021年6月6日午後3時、東京文化会館大ホール)

フィンランドの女性作曲家サーリアホ(1952ー)は1990年以降、日本を頻繁に訪れる一方、大規模な舞台作品へと傾斜してきた。今回のプログラムには「歌舞伎・文楽・狂言・能の舞台に熱心に通い詰め、とうとう2つの能作品『経正』と『羽衣』をもとにした新作を発表するという大胆な試みまでやってのけてしまいました。その結果が、私の5つ目の舞台作品『Only the Sound Remainsー余韻ー』です」と作曲家自身が記し、「日本」と「舞台」の2つがキーワードである図式を明らかにしている。世界初演は2016年3月15日、アムステルダムのオランダ国立オペラでピーター・セラーズの演出により行われた。今回はサーリアホの息子アレクシ・バリエールが演出、ダンサーの森山開次が振付を手がけた全くの新プロダクションだ。外国から招いたバリトン、カウンターテナー、指揮者、フルート奏者、フィンランドの民族楽器で琴や琵琶を思わせるカンテレの奏者、舞台スタッフはサーリアホ一家ともども14日間の来日後待機を経て、舞台制作に集中。文化会館などが主催する東京音楽コンクールの入賞者を中心とする器楽と声楽アンサンブルとも深く、真剣なチームワークを構築していった。


東京文化会館がオペラ制作にこだわる歴史については今年2月、タワーレコードの「intoxicate」誌とwebサイト「Mikiki」に書かせていただいた:

https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/27777

今回は6月5日のゲネプロで「経正」「羽衣」の通しを取材、6日の本番は田崎悦子リサイタル終演後に大ホールへ回り、「羽衣」をもう1度観るという時間差攻撃で対応した。


平経正(たいらのつねまさ)は一ノ谷の合戦で落命した琵琶の名手。仁和寺の僧侶、行慶

が経正の奏でた「青山」を手向けると、亡霊になり現れる。一方の羽衣は天女の〝遺失物〟で、これがないと天に帰れない。拾得者で三保の松原の漁師、白龍は家宝に持ち帰ろうとするが、最後は天女が舞を披露することを条件に返還に応じる。2つの作品は「こちら」の世界(行慶、白龍ともバリトンの担当)、死後や天など「あちら」の世界(経正、天女ともカウンターテナーの担当)を対比させたドラマトゥルギー、一時は抱く邪悪な感情や疑念が浄化され、美しい余韻とともに消える結末を共有、ダブルビル(二本立て)に適している。


サーリアホの美意識や音の感覚はドイツやパリで前衛や電子音響を修めたにもかかわらず、根底に強く揺るぎない「SISU(シス=フィンランド魂)」を保ち、アニミズム(霊魂)やフェアリーテール(妖精物語)など「あちら」の世界にも難なく接近できる霊力と一体のものだ。照明の工夫以外あまり大きな動きを与えず、森山のダンスにかなりの部分を委ねるバリエールの演出は静的という点で能に通じるものがあり、ドラマの展開はひたすら音楽自体に委ねられる。2人の歌手(とりわけポーランド人カウンターテナーのスワヴェツキ)、コーラスを担った新国立劇場合唱団の4人の若手歌手、器楽ソリストたちを束ね、一瞬の弛緩もなしに2作一体の世界を描き尽くしたフランスの若手指揮者マオ=タカスの力量は、傑出している。天女の舞に至るまで静寂に徹し、最後の最後に爆発させるサーリアホの音楽のドラマトゥルギーも「じらしにじらす」能の手法を明確に意識したものだ。台本が英語だったのも適切。森山のダンスが「羽衣」で一層の効果を発揮したのは、当然といえば当然だ。


コロナ禍中の現代オペラ初演という難題にもかかわらず、徹底した広報態勢をとり、大ホールの5階席まで大勢の観客を動員した東京文化会館スタッフの努力も、賞賛に値する。洋の東西を超えた幽玄な音楽の文字通り余韻が終演後の客席に広がり、長く、温かな拍手が続いた。サーリアホは待機中に転倒、骨折こそしなかったものの、かなりの打撲で車椅子と杖に頼る移動を余儀なくされた。カーテンコールでも舞台へ上がらず、客席にスポットライトを当てる措置が取られた。拍手が鳴り止み、多くの観客が家路へと向かい始めた瞬間、サーリアホの周りに人だかりができ、心からの賞賛の拍手を贈り続けていたのが印象的だった。


日本人田崎が「荒ぶる女神」、フィンランド人サーリアホが「静の女神」の対照の妙に思いをはせつつ、地元民(母方の本家は上野御徒町でかつて町工場を営み、文化会館にも空調装置の部品を納めたという。私も台東区の芸術文化支援制度のアドバイザーを過去10年以上務めてきた)の1人として自慢の音楽ホール、東京文化会館還暦を祝った6月6日日曜日。

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