• 池田卓夫 Takuo Ikeda

煌めく音色美と明晰な和声感の齊藤一也


東京文化会館小ホールは最高のリサイタル会場

2021年9月7日の東京コンサーツ・ラボから2022年1月12日の東京文化会館小ホールに至るまでの4か月間に、斎藤一也のピアノが大きな変貌を遂げた。


私と齊藤の縁については2019年11月30日、彼の出身地である山梨県韮崎市でのリサイタルのレビューに書いたので、とりあえず貼り付ける:

齊藤も1990年生まれ、サッカー選手から世界一優雅な旅人に変身した中田英寿と同じ南アルプス山麓、山梨県韮崎市の出身である。東京藝術大学音楽学部を卒業した2011年に欧州へ留学、パリ国立高等音楽院第2修士課程を審査員満場一致の最高成績で終え、2017年からはベルリン芸術大学修士課程ピアノソリスト科でさらなる研さんを続ける。私は2006年の第4回東京音楽コンクールの本選審査員として齊藤の演奏を初めて聴き「若い(当時16歳)のに随分、思慮深い演奏をする」と感心した半面、「ソリストとしての押し出しがまだ足りない」とも思った。他の審査員の思いも同じだったのか、結果は1位なしの2位(最高位)。13年後の今年6月、財団法人地域創造の公共ホール音楽活性化事業の派遣演奏家オーディションで再び審査員として、29歳になった齊藤の演奏と再会した。「くさい芝居」や「はったり」と無縁の誠実な演奏は相変わらずだが、それが確かな「品格」を備えるに至り、欧州で蓄積した知識や経験の豊かさに目を瞠った。結果は「合格」。ベルリンと日本の往復は大変だが、今後は国内のアウトリーチの分野での活躍にも期待しよう。


2020年に完全帰国、2021年に結婚し、デビューCDをリリースした。そのレビューも:

「ユヌ・ジュルネ」

齊藤一也のデビュー盤。タイトルはフランス語で「1日」を意味、「朝から夜まで丸1日、ゆっくりリサイタルをしている」感じを表す。私はライナーノートの1部を書いた。J・S・バッハ、シューベルト、シューマン、ラヴェル、リスト、ラフマニノフ、ドビュッシー、佐藤眞に恩師の青木進を網羅し、自作のボーナストラック「ショパンの《子犬のワルツ》による即興曲ーネコ好きのためのー」で終わる素敵なアルバムは、30代に入り、日本での演奏活動を本格化した齊藤の〝履歴書〟でもある。2020年9月19&20日、山梨県北杜市の八ヶ岳やまびこホールでセッション録音。


そして昨年9月の直近リサイタルまで、齊藤の進歩は緩やかな坂道をゆっくり上る感触だったのに対し今回の文化庁・日本演奏連盟主催、「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業・新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズ TOKYO110」の枠で行ったリサイタルでは威風堂々のヴィルトゥオーゾ(名手)として、燦然たる輝きを放つに至った。


ウィーンのイタリアオペラ熱の火付け役だったサリエリ、ヴァイオリンの達人で奏法の改革者コレッリと、2人のイタリア人作曲家に想を得たベートーヴェン、ラフマニノフ(この2人もピアノ演奏の達人という共通点を持つ!)の変奏曲を両端に置き、前半では流れる音色美を共有するシューベルト、ラヴェル、リストを関連付け、後半では幻想から超絶技巧に向かうロマン派の歴史を再現する。全体が1つの物語を備えた、優れたプログラミングだ。


このパズルを解くような感覚こそが齊藤のピアニズムの根幹だ、とある瞬間から確信した。楽譜を実に丁寧に読み込み、1つ1つの音が持つ意味、それぞれに最適の音色を吟味した上で全体の構図にはめていく。しかも絶えず構造体の完成を意識しながら、スコアの「縦」を揃えるのではなく「横」の大きな流れの上に多彩な和声を明晰に浮かび上がらせる。音楽を初めて聴く人にも「なんか、すごく綺麗な音が幾重にも重なっている」と思わせる水準だ。


過去4か月間に獲得した最大のアセット(資産)はメカニックの切れ味とパワー。丁寧さはそのままに本番ステージならではのグルーヴ感(ノリ)、演奏効果の計算が加わり、思い切りの良さが増した。特にラフマニノフでみせたパワフルな打鍵、強打でもいっさい濁らない音色美に、齊藤の急激な進境がはっきりと現れていた。まだまだ変貌を続けていくはずだ。


※アンコール情報(本人のツイッターより)

アンコール曲は以下の3曲です。 ラフマニノフ: 前奏曲集 op.23より 第5番 ト短調 ショパン: ノクターン 第16番 op.55-2 変ホ長調 ワルツ 第6番 ニ長調 op.64-1 (子犬のワルツ) 齊藤一也: ショパンの「小犬のワルツ」による即興曲 -ネコ好きのための-

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