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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

河村尚子のシューベルト・プロジェクト第2夜、一段と明確になったアプローチ


2022年の河村尚子のピアノ・リサイタルは紀尾井ホールで3月24日、9月13日の2回に分け、シューベルトを特集した。まず第1回のレビューを貼り付ける:


第2回は前半が「楽興の時」第3番、「3つの小品」第3番、「ピアノ・ソナタ第20番」、後半が「即興曲」作品90の第3番、「ピアノ・ソナタ第21番」、アンコールが「楽興の時」第6、2番。使用ピアノはベーゼンドルファーのコンサートグランド280VC。


「楽興の時」から最も有名な第3番だけを取り出し、リサイタル冒頭に弾くケースは珍しい。NHKラジオ第1放送「音楽の泉」長年のテーマ曲でもあり、聴き慣れたはずの旋律が河村の手にかかると、悠然とした運びの深い音楽に一変する。前回も感じた通り、シューベルトが目標だけではなく密かにライヴァルと考えていたベートーヴェンの世界に、うんと近づけた「ゴツい」解釈。俗っぽい形容を採用すれば「超男前」のシューベルトだった。


その激情は第20番のソナタの第2楽章中間部の切り立ったフォルテで、最高潮に達した。シューベルトはここで、天から与えられた類い稀な才能を使い切ることなく迫りくる死の予感を強烈な意思で断ち切り、地上と天上が一体化した清澄な音楽の世界へと迷いなく突き進む。第3楽章から広がる光景は最後のソナタ、第21番にそのまま引き継がれ、永遠の安息に着地する。河村は作曲家の葛藤の軌跡をどこまでも克明に追い、時にオペラの場面転換を思わせる長いルフトパウゼ(間)を置き、聴き手にも変化の瞬間をはっきりと意識させる。


一般的に「ウィーン流儀」とされるドルチェ(甘美)な感触を敢えて排除、徹底的に心理面からアプローチした構造解析により、シューベルトの真価を適確にしとめた名演だった。



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