• 池田卓夫 Takuo Ikeda

沖澤のどかの日フィル・デビュー成功、三浦文彰とのベルクに漂う新世代ロマン


代役指揮の〝大トリ〟という感じ

沖澤のどかは昨年6月、サントリーホールと共催のマチネ公演「とっておきアフタヌーン」で日本フィルハーモニー交響楽団と初共演するはずだったが、コロナ禍で幻に。1年あまり後の2021年7月9日、同ホールの同フィル第732回東京定期演奏会で来日できなくなったドイツ人指揮者アレクサンダー・リープライヒの代役という形で待望のデビューが実現した。日本フィルに一時ポストを持っていた西本智実、先月の横浜定期を代役指揮した田中祐子は東京定期には登場せず、沖澤の登場はブザンソン国際指揮者コンクール優勝の37年先輩に当たる松尾葉子以来2人目の女性だそうだ。メンデルスゾーンの「劇付随音楽《真夏の夜の夢》」は独自の「リープライヒ版」のために代替が難しかったようで、沖澤が東京国際音楽コンクール「指揮」で第1位を得た翌年、2019年の記念演奏会で東京都交響楽団を指揮して好評だった同じ作曲家の「交響曲第3番《スコットランド》」に変更された。前半の協奏曲は予定通りのソリスト、三浦文彰がベルクの「ヴァイオリン協奏曲」に初めて挑んだ。


1階席の前から13列目ど真ん中という位置からは指揮者とオーケストラ、ソリストのコミュニケーションの詳細を生々しく観察できる。今回の日本フィルは弦全体のトップがアシスタント・コンサートマスターの千葉清加(ちば・さやか)、ソロ・チェロ奏者がゲストの海野幹雄という珍しい〝座組み〟だった。客演首席奏者に安達真理を得て以来ヴィオラ・セクションも急速に安定を増し、音が前に出る。幕開け、モーツァルトの「歌劇《魔笛》序曲」冒頭の和音を聴いただけで、沖澤がピリオド(作曲当時)、モダン(現代)の奏法間〝抗争〟終結後の様式感を自然に身につけた世代という属性、千葉をはじめとする日本フィル楽員と数日間のリハーサルを通じて創造した独自のサウンドーー透明度の高さとパッションの両立ーーが明確に聴き取れて、続く2曲への期待を募らせた。


三浦は昨年、オーケストラ・アンサンブル金沢とのモーツァルト「交響曲第29番」で指揮者としての活動も始め、先月はサントリーホールでベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」の弾き振りも披露した。初めて弾くベルクの協奏曲だったが、すでに芽生え始めた「指揮者の視点」が譜読み、管弦楽との和声の造形感覚、指揮者や管楽器ソロとのコレスポンデンスなどに明らかなプラス効果をもたらしていた。隙のない美音と技巧がヴィルトゥオーゾ(名手)のエゴのプレゼンテーションに一切向かわず、楽曲の真価を探り当てるためのツールとして全面的に捧げられたのは素晴らしかった。解説は「夭折した娘マノンへのレクイエムとして作曲を始めたが、結果としてベルク自身の遺言にもなった」の一節を必ず伴うし、J・S・バッハのコラールの引用も宗教的感情を助長するのに役立つが、ウィーンで長く学んだ三浦は情に溺れず、後期ロマン派と直結した第二次ウィーン楽派(新ウィーン楽派)に潜む激しいロマンの炎、ベルクの構造的作曲技法を冷静に見据えて楽曲を再構築した。沖澤の恐らくは〝突貫工事〟の楽曲分析も三浦とベクトルを共有、最後の和音は今まで日本人の実演で聴いた記憶がないくらい見事に決まった。新しい世代のロマン派意識を、確かに聴いた。これだけセッコ(辛口)で構造的なベルク協奏曲の解釈は2004年のベルリン、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で聴いたピンカス・ズッカーマンのソロ以来。三浦はヴァイオリン、指揮の両分野でズッカーマンの薫陶を受けている。


後半の「スコットランド交響曲」。2年前の都響との演奏で感じたメンデルスゾーン「サウンド」の根幹にある教会音楽、とりわけパイプオルガンの感触と、スコットランドで聴いたであろうバグパイプの響きを管弦楽へ巧みに取り入れるセンスが相変わらずの冴えを見せる一方、「con brio(コン・ブリオ)=活気をもって)の指揮者」たる沖澤の持ち味が格段の進化を示した。「元気のいい指揮」だけなら第1、2、4楽章で得点を稼ぐだろうが、その内側に深い読みを伴う現在の沖澤の〝肝〟は、ヘボ指揮者なら退屈きわまりない第3楽章の充実に集中した。刻々と表情、音色を変化させながら巧みにクライマックスへと導き、聴き手の集中をそらさない。ここまで濃い第3楽章に付き合わされてしまうと、第4楽章の開放感を満喫し、往年の巨匠指揮者オットー・クレンペラーが嫌った「取って付けたように明るく、しらじらしいコーダ(終結部)」(フィルハーモニア管弦楽団とのセッション録音では演奏しているが、バイエルン放送交響楽団とのライヴ盤ではカット、むちゃくちゃ暗い終わり方をする)も、まるで不自然とは思わせなかったのだから恐れ入る。デビュー大成功!

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