
日本フィルハーモニー交響楽団第382回名曲コンサート(2019年10月27日、サントリーホール)は、首席指揮者ピエタリ・インキネンが来年の作曲家生誕250年に先駆けて始めたベートーヴェン交響曲全曲➕ドヴォルザーク・シリーズの第2回を兼ねていた。前半はベートーヴェンで「交響曲第1番」、前週の定期演奏会と同じピアニストのアレクセイ・ヴォロディンが独奏した「ピアノ協奏曲第1番」の「1番」コンビ、後半はドヴォルザークの「交響曲第8番」だった。
「交響曲第1番」は先週の「第3番《英雄》」と同じく、ベーレンライター新版を基本としつつモダン楽器のフル編成、現代のホールの音響に即した響きを究め、ダイナミズムと繊細さを兼ね備えた秀演だった。ちょうど出がけに数日前に届いたドイツ・グラモフォンの新譜、アンドリス・ネルソンス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ベートーヴェン交響曲全集」の「第1番」も対向配置で、インキネン&日本フィルと同様の様式感に着地していた。
対向配置のおかげでベートーヴェンが第2ヴァイオリンに与えた役割も浮き彫りとなり、とりわけ第2楽章で効果を発揮した。「英雄」に比べても弦5部それぞれの音量が拮抗し、新コンサートマスターの田野倉雅秋とインキネンが目指す透明度の高い響きに一層の共感と情熱が乗り、水準を切り上げた。「ピアノ協奏曲第4番」ではコスモポリタン性が際立っていたのに対し、今週の「第1番」はピアニストの清冽な音楽性とより自然に合致したのか、誰もが好感を覚える鮮やかな成果を示した。速いパッセージの右手のトリルが正確に宝石の輝きを放ちながら、さらなる装飾音の追加で究極のヴィルトゥオージティ(名技性)に到達、作曲家自身が当時の楽器の性能を超越した鍵盤の名手だった事実を鮮やかに思い出させた。アンコールのシューベルト「即興曲作品90−3」では一転、あたかもリート(歌曲)のように温かく、情感たっぷりに旋律を歌わせる側面を披露した。
「ドヴォ8」を日本フィルで聴くのは、今は亡きハンガリーのマエストロで日本フィル名誉指揮者ルカーチ・エルヴィン以来ほぼ40年ぶりかもしれない。田野倉(美しいソロも聴かせた)とアシスタント・コンサートマスター千葉清加の全身弾きのリードで弦は熱を帯び、インキネンの激しい推進力に食らいついていくが、音の美感を犠牲にしないのが今年4月のヨーロッパ公演後の大きな進歩である。分厚いながら見通しのいい弦の絨毯の上にオーボエの杉原由希子、フルートの真鍋恵子、クラリネットの伊藤寛隆、トランペットのオッタビアーノ・クリストフォリらのソロが綺麗に乗り、エリック・バケラのティンパニが明確な隈取りを与える。何も変わったことはしていないのに、作品の内側へぐんぐんと引き込まれる求心力に満ちた名演だった。インキネンと日本フィルはツアー後半年にして、さらに一段高い次元の音楽づくりへと歩を進めたようだ。
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