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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

横浜市招待国際ピアノ演奏会〜菊地裕介と広瀬悦子、島田彩乃、吉田友昭を聴く


1982年以来、脈々と続いてきた「横浜市招待国際ピアノ演奏会」は内外の新進ピアニストにいち早くプレゼンテーションの場を提供してきた。今年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴い開催自体が危ぶまれたうえ、海外からの参加も困難ということで、中堅世代に差しかかった過去の出演者4人による「特別公演」を2020年11月7日、横浜みなとみらいホール(小ホール)で行った。きっちり男女2人ずつで菊地裕介、広瀬悦子、島田彩乃、吉田友昭の順に1人当たり40分、合計3時間超(休憩1回こみ)の大演奏会。それぞれの個性を反映して多彩な作品が並び、聴き飽きさせなかったのはさすがだ。

トップバッターの菊地は他3人に比べ、非常にオーソドックな選曲だった。完成度の高い演奏とはいえ多忙な教育活動の反映か、絶えず「お手本として後ろ指をさされないこと」を意識したセーフティーゾーンが設定され、ドビュッシー特有の〝体臭〟に不足する。さすがに第10曲「沈める寺」以降の3曲ではヴィルトゥオーゾ(名手)の矜恃を示し、着地した。


逆に広瀬は精密ながら獰猛そのもの、強い意思を土台に自身のピアノ芸術を最高に輝かせる術を知っている。強靭なテクニックはますます、妖しい光を放つようになった。モシュコフスキーへの傾倒を真正面から打ち出した後、カルクブレンナー編曲のベートーヴェン「交響曲第9番」の第1楽章を物凄い気迫で弾き通し、圧倒した。


島田の〝攻め〟は広瀬と趣を異にして、円やかで底光りのする美音を柔らかく奏でつつ、ひたひたと楽曲の核心へと迫るアプローチ。ヤナーチェクのドラマトゥルギー(作劇術)、ドビュッシーのアロマ(芳香)、フランクの構造を的確に描き分ける様式感!フランクは1か月前の「園田高弘メモリアル・コンサート」で初めて弾いた時に比べ、さらに良くなった。


ヨーロッパ暮らしの長かった吉田は編曲物を中心に、実に見事な音楽史の〝花束〟を組み上げた。イタリアのオペラに憧れたJ・S・バッハに潜む歌謡性を引き出し、シューマンからショパン、ラフマニノフへとロマンの奔流をつなぎ、「ラ・ヴァルス」のカオスを現出させる演出力に唖然とした。軽やかなタッチでベルカント風のレガートを、ごく自然に奏でる。


吉田は終演前、マスクを着けた後に喋り始めようとしたが、感極まったのか言葉が出ない。ようやく声を振り絞りながら「今年は私たち演奏家にとって、つらい年です。そのような折、本日はありがとうございました」と告げ、モーツァルトの「トルコ行進曲」をアンコールに弾いた。他の3人はカーテンコールに現れなかったが、吉田の言葉と演奏が全員の気持ちを代弁していて、感動的な幕切れだった。


1つ気になったのは、客席に若い人の姿が少なかったこと。プロとしての将来を意識する10ー20代のピアノ学生にとって、自身の本領を発揮できるレパートリーを究め、演奏と教育の両面で働き盛りの30ー40代の先輩たちの姿は、欧米大家の過去の名演と同じか、それ以上の示唆を与えてくれるはず。最も生々しい〝お手本〟なのに、残念な状況といえる。

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