• 池田卓夫 Takuo Ikeda

東響、サントリーで有観客の定期を再開

最終更新: 4日前


本拠(フランチャイズ)ミューザ川崎シンフォニーホールから短めの無観客演奏ライヴ配信を続けてきた東京交響楽団(東響)が2020年6月26日、サントリーホールの第681回定期演奏会で有観客&フルスケールの公演を約3か月ぶりに再開した。指揮はユベール・スダーンから飯守泰次郎、ピアノはイノン・バルナタンから田部京子に替わったが、曲目は当初予定のまま。前半が生誕250周年のベートーヴェン「《プロメテウスの創造物》序曲」「ピアノ協奏曲第3番」、後半がメンデルスゾーンの「交響曲第3番《スコットランド》」だ。


入場時に間隔を十分にとり、手をアルコール消毒、サーモグラフィーの体温チェックを経てチケットを自分で切り、プログラムをピックアップして指定の客席に向かう。見たところ上限1,000人の自主規制に沿っている。楽員も指揮者もソリストもマスク着用。コンサートマスターの水谷晃が現れ、チューニングを始めようとしても拍手が止まらない。水谷がとっさの判断で楽員の起立を促し、全員で客席に向かって一礼すると、拍手は一段と熱を帯びた。今年9月末に80歳となる飯守は股関節手術後の回復途上なのか歩行が若干困難で、指揮台にステップと背もたれが置かれたが、情熱的な指揮ぶりには変わりがない。最初は会場全体を覆う異様なテンション、久しぶりの公開演奏、マスク越しの指揮に戸惑いもみられ、序曲はあっさり終わった。協奏曲からは真摯で味わい深い音楽がじわじわと広がり、安心した。


田部のピアノを聴くのは、実に久しぶり。ベルリン留学後の1990年に日本で本格的な演奏活動を始めたので、今年はデビュー30周年に当たる。内側に深く入り込んで自身の色艶をあえて消し、作品にすべてを語らせる行き方が徹底、第1楽章は物足りない気がしたがものの第2楽章でさらなる深みに下り、第3楽章では味わいに富む語りくちが全開した。考えてみれば実に田部らしい円熟の歩みである。飯守との息もぴったり合い、良い音楽を聴いた。田部は鳴り止まない拍手を受け、メンデルスゾーンの「無言歌集」第2集から「ヴェネツィアの小舟」を弾いた。最初に注目された録音が「無言歌集」であり、メンデルスゾーンは後半の作曲家。半ば非常事態の下での演奏会にあっても、筋の通ったアンコールを考えるのがまた、田部らしい。


「スコットランド」交響曲ではティンパニがモダンに変わり、ホルンが4本に増えたのに対し、弦は10ー8ー6ー4−3と小ぶり。最初は薄い響きにも思えた半面、木管のソロがくっきりと浮かび上がるメリットがある。飯守の一途な指揮に東響の音楽家が次第に巻き込まれ、最後はホール全体が熱い音楽で満たされた。ここで私は第4楽章の大詰めで短調が長調に転じる結末を20世紀の大指揮者オットー・クレンペラーが嫌い、短調のまま終わらせる改変まで施したエピソードを思い出した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大(パンデミック)で長く演奏会に行けない日々を送り、ようやくオーケストラの生演奏に触れられた今週の自分にとっては、長調の堂々としたコーダ(終結部)が必要だった。多くのお客様も似たような思いでいらしたのだろう。拍手は2,000人かと錯覚するほどの音量&音圧に達して楽員がはけた後も続き、飯守と水谷の2人がステージに呼び戻された。客席の退場は出口の「密」を避けるため、先ず2階席、次に1階席と分別措置をとっていた。


コロナと併存する(ウィズ・コロナ)状況はまだまだ続き、「新しい演奏会様式」の手探りも始まったばかりだが、生の音には生の音にしかない感触と感動がある。先ずは再開を素直に喜びたい。

© 2018 音楽ジャーナリスト@いけたく本舗

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